ふつうの人間
古賀礼:赤間と江野の中学時代のチームメイト。美少年、のち女装。赤間、のちに江野と同居。
「優児……気にしないで」
傷ついた顔でもしてたのだろうか、それとも、しつこく江野を見ていたことに気づかれたのか。
そっ、と顔をのぞき込んできた心配そうな顔は、古賀礼のものだった。
そのやさしさの源が何なのか、もちろん、赤間は気づいている。
礼の目にある、好意の兆し。
もしかして、本人も気づいてはないのかも、とおもうくらいほのかな。
男同士だとか何だとか、赤間にはどうだっていい。
だから、とやかく言う気も、さらさらない。
自分のありようなど、誰だって、好きに選べばいいだけだ。
しあわせになりたいなら、しあわせになれる道を。
苦労したいのなら、苦労する道を。
「ありがと。でも、気にしてない。よく、飽きずに叱るもんだなーって感心はしてるけどね」
「マコに、叱られたくてやっているの?」
礼のことばに、赤間はおもわず視線を返した。
「そうだな。そうかも……」
「それってまるで、気を引きたくていたずらする子どもみたい」
「俺、誰の気も、べつに引きたいなんておもったことないんだけどなー」
「マコが、とくべつなの?」
「マコが? どう見ても、ふつうの人間だよ。ちょっと、人より十倍、頭が固いけど」
「優児は、人の十倍、頭の中が柔軟に見える」
また、赤間は礼を見返した。
まるで、コインの表と裏のよう──
そんなことを、いつかおもわせたふたりがいた。
自分たちも、そうだと言うのだろうか。
真実、江野誠こそが、自分の、どこまで行っても交わることのない、らせんの相手なのだと……?
「ねえ、礼」
「なに?」
「好きな相手がいたらさ、ふつう、抱きしめたいとか、キスしたいとか、おもうよな?」
「えっ………………う、……うん」
そっぽを向いて、礼はうなずく。
赤間は、その顔を見なかった。
べつに、どんな顔をしていようが、赤間には興味がない。
「じゃあ、そいつのいない世界に行きたいって、どういう感情なんだろう。いっそ消えてくれたら、楽になるとおもうんだけどなー」
「ゆう、じ…………」
しばらくして、赤間は横を見た。
礼がうつむいている。
「あれ。泣いてるの、礼? どうして?」
「──優児は、きっと、何でもできる。消えて欲しい相手から離れることも、かんたんにできるはず。なのに、おなじ世界にいちゃいけないっていうなら、それは、何があっても自分の中から消すことはできない相手だってことじゃないの? 苦しくても、楽になるためになんて、離れられない……って」
手のひらで頬をぬぐって、礼がこちらを見た。
「…………それが、マコなの?」