二人部屋
深夜の電話に、うっすらと緊張した声が返ってくる。
『はい。……もしもし? 優児?』
「礼、ごめん。寝てた?」
『ううん、今、ベッドに入ったところ。優児こそ、今週末はトレセンの合宿って聞いてたけど?』
「そう。今ね、横浜。──宿舎が、四人部屋じゃなく二人部屋で、超想定外」
『………………それって?』
「うん。同じ部屋に、マコが寝てるんだ。うちから選ばれたのは三人だけど、ミッドフィルダー同士だから、同室にされたみたい」
『──眠れないの?』
問いに、赤間はおもわず笑いをこぼした。
「眠れるわけないよ。すぐそばに、マコが寝てるんだよ?」
身体中を、濁流のように熱いものが駆けめぐっている。
携帯電話を持つ手が震えた。
「眠ろうと、したんだよ。ベッドに入らないと、マコに変におもわれるだろ、だから」
『うん』
「息を殺して、じっと、抑えてたけど……」
ちら、と視線をやれば、暗がりだというのに、ふとんから出た江野の首筋と輪郭が、はっきりと見えた。
ぴたりと閉じられた、くちびる。
いつか、自分がくちびるを重ねたそれが、無防備にさらされていて。
「気が、狂いそうだった──!」
『……触れたかった?』
「触れたい! 触れたくて、触れたくて、触れたくて……血が逆流してくみたいだった」
『でも、触れられないのね?』
「触れられないよ。そんなこと、おそろしくてできない! 指一本でも触れたら、きっとマコに気づかれる……!」
『マコのことが好きだって?』
「マコに、──欲情してるって。好きなんて、きれいなことばじゃ誤魔化せない。皮膚を指で辿るのさえ、マコを犯すのとおんなじだよ。寝息を聞いているのでさえ、マコを凌辱してるのと変わらない──」
一方的に相手に欲情しているというのは、そういうことだ。
それは、友人としてそばにいる相手への裏切りだ。
裏切りだと、おもわれる。
そのそしりに、言い逃れることばなど、あるはずがない。
『今、どこにいるの?』
「バスルーム。鍵かけてこもってるけど、閉じこめてもらうんでなきゃ、意味がない。出ていく気になれば、いつでも出られる」
『大丈夫。優児は、出ていかないよ』
「大丈夫じゃない。苦しくて、苦しくて、仕方ない」
『大丈夫だよ』
「マコを、抱きに行きたい。爆発しそうだ。さっきから、すごく、痛い──」
『服から、出してあげて』
「ダメだよ。できない。そんなことしたら……」
『大丈夫。優児。大丈夫だから。自分で、慰めてあげて』
「そんなこと──!」
『マコに気づかれる? 平気よ。平気。そんなふうに、自分を追い詰めないで。楽にして、下着から出してあげて』
「……できない!」
『優児』
「だって、眠っているときが、いちばん人間は意識的なんだ。俺がこんなに近くで、こんなにマコを犯したいとおもっていたら、マコにもぜったいに伝わる。マコの頭には、俺の頭の中のすべてが筒抜けになっちゃうんだよ」
三秒ほど、沈黙が返ってくる。
『そうかも、しれないけれど。それでも、優児は明日の朝になれば、きっとマコに、何でもない顔をして笑えるでしょう? 俺に犯される夢を見たの、それって願望じゃない、っていつもみたいにいじわる言って、はぐらかしてしまえるから』
何を言われたのか理解したとたん、笑いがこぼれた。




