ヨガ教室に通えば火が吹けるようになるって聞いたんだけど、本当ですか?
「ヨガ教室に通えば火が吹けるようになりマスカ?」
「は?」
地元のカルチャーセンターの受付嬢をしている私に、そんな質問をしてきたのは片言交じりで日本語を使う、金髪碧眼のイケメン外国人だった。
「えっと、ヨガ教室に行けば、火が吹けますか? 手足は伸びないと思うんデスガ、火くらいなら……」
こちらが聞き取れなかったのかと思ったのか、丁寧に説明しなおしてくれる。
違う、そういうことじゃない。
「えっと、失礼ですが、こちらのカルチャースクールで取り扱っているヨガは健康体操のためのヨガでして、どこぞの格闘ゲームみたいに手足伸ばしたり火を吹いたりはしません」
とりあえず、ゲームと現実は違うんじゃボケェ、というのを言葉を濁しながら説明してみる。
ところが、イケメンは私の言葉を聞くなり、むしろ嬉しそうになった。
「あなた、格闘ゲームのヨガ知ってマスか! 今までどこのヨガ教室行っても誰も知らなかったデス!」
それはそうだろう。
若い女性中心のヨガで手足の伸びるインド人のほうのヨガなんて知ってる方が怖い。
かくいう私だって、単純に小さい頃から兄の影響で格闘ゲームをたくさんやってきたから知っているのだ。
そんな私の内情を知らずか、イケメンは話を続ける。
「ボク、日本の格闘ゲームで格闘技にあこがれてアメリカから日本に来ましタ。でも、どこにも自分より強いやつ探してる武道家いません。『ドスコイ』言いながら空飛ぶお相撲さんもいません」
「そ、そうですか」
見つからなくて良かった。
相撲取りがドスコイ、と言いながら空を飛んでたら今の大相撲は大波乱の予感がする。
「それで、諦めて次はヨガの達人探しまシタ。アメリカでもヨガブームですが、どこも火を吹きませんでした。でも、日本なら火を吹いたり手足伸ばしたりしてると思ったデス」
「なぜ日本なら大丈夫と思った!?」
「日本の有名なマンガ、主人公の手足伸びますから」
おおぅ……。国民的少年マンガの影響力恐るべし。
しかし、この外国人、イケメンだが随分残念な考え方をしているようだ。
速やかにお帰りいただきたい。
「えっとですね、日本でもどこのヨガ教室に行っても火は吹けないし、手足も伸びませんよ」
「ハハハ、ジャパニーズジョークキツイですね!」
「本当です」
相手の心を折る勢いで、全力で否定する。
イケメンは一瞬固まったかと思うと、突如土下座を始めた。
「え、ちょ、なにやってんですか!」
「そこをなんとか! なんでもするから! 火を吹かせてくだサイ!」
「ちょっとちょっと、人が見てますから、やめてください!」
ちょうど韓国語講座が終わって出てきたおばさんたちが私を指さしヒソヒソと話をしているのが見てる。
ハタから見れば、受付嬢が外国人を土下座させてるようにしか見えないだろう。
必死に止める私の気持ちも知らず、このイケメンは一向に土下座をやめる素振りを見せない。
「ヨガで火を吹ける場所教えてもらえるまで、土下座やめません! 命かけます!!」
「こんな無駄なところで命かけないでー! お願いだからやめてー!!」
結局、騒ぎを聞きつけた同僚が上司を呼んでくれたお蔭で、残念イケメンは引きずられながらカルチャーセンターを追い出されていった。
「はぁ、なんだったのかしら……」
「ねぇ美香、あんなイケメンな外国人に土下座させるなんて、何したのよ」
なんだかドッと疲れが溜まった私に、上司を呼んでくれた同僚の由紀子が話しかけてきた。
「なんにもしてないわよ。ヨガで火が吹きたいっていうのを断っただけ」
「えぇ~!? 意味わかんないわね! あの外国人、見た目はイケてるのに残念ねぇ……
美香、せっかくだからアタックすれば良かったのに」
「残念とか自分で言ってからそういうこと言わないでよ……」
その後は何も大きな問題も起きず、夜になって今日の仕事を終えた私はカルチャーセンターを出た。
すると、センターを出たすぐ先の道端に先ほどの残念イケメンが座り込んでいるのが見えた。
「ひゃあ!?」
思わず奇声を上げてしまう。
てっきり自分に復讐でもするつもりかと思い逃げようとするが、どうも向こうはこちらに気付いてないようだ。
むしろ打って変わって落ち込んだ様子で、頭を項垂れたまま動いていない。
先ほどのテンションとの変わりように驚き、ついつい話しかけてしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
残念イケメンはビクリを肩を震わせたあと、こちらを見上げた。
整った顔立ちの目元に、涙が浮かんでいる。
「あのあと、いろんなヨガ教室行きましたが皆断られまシタ。ボクの知ってるヨガ分かってくれるの貴女だけでシタ……」
「はぁ……」
「それで、先ほどご迷惑おかけしたお詫びとお礼言いたくて待ってたのですが、ヨガ分かってくれない悔しさで下向いてまシタ」
おおぅ、このイケメン、火が吹けない悔しさで泣くほどなのか。
しかも、わざわざ私にお詫びとお礼を言うために待ってたと。
……ううむ、仕方ない。
「あの、私の名前は山田美香と言います。あなたのお名前はなんて言うのですか?」
「ボクの名前はスミス・カーペンターです」
「えっと、スミスさん。ヨガ教室ではないですが、火を吹く練習ならお手伝いしますよ」
「!?」
残念イケメンことスミスが驚いてこちらを見る表情のまま固まってしまう。
数秒間の沈黙ののち、スミスの口が動いた。
「ヨガの火吹き、教えてくれまスカ?」
「ヨガではないですけど、火が吹けるようになる心当たりはあるんです。それで良ければ、手伝ってあげるくらいは出来ますよ」
すると、スミスは感極まったのかボロボロと涙をこぼし始めた。
そしてそのまま、私に抱きついてきた。
突然の事態に困惑しながらも、慌てて引き離そうとする。
「なにするんですか! やめてください!」
しかし思った以上に力強いらしく、引き離そうにもピクリともしない。
こちらの困惑を無視する形でスミスは大声で私を褒め始める。
「美香さん、貴方は天使です、マリアです! アメージング!」
「ちょっと、やめて、恥ずかしい、人見てますから、やめてー!!」
ちょうどショッピング帰りのおばさん集団が、こちらを見てヒソヒソと会話しているのが見えた。
このおばさんたち、韓国語講座受けてたおばさんたちじゃないか?
叫びながら引き離そうとする私と、私を褒めたたえながらハグをやめない外国人、そしてそれを遠巻きで見守るおばさんたち。
このカオスな状況はそれから数分間にわたって続いたのであった。
それから数日後、とある茶室にて。
私とスミス、それから着物の大和撫子風の女性の3人は正座で向き合っていた。
「えっと、スミスさん。こちらがカルチャーセンターで茶道の先生をやっている鏑木麻衣さん。私の幼馴染です。それで、麻衣、こちらがスミスさんね」
「スミスさんですか。わたくし、鏑木麻衣と申します、以後お見知りおきを」
「おおぅ、ジャパニーズゲイシャ……」
お茶の先生はゲイシャではありません。
というツッコミは置いておき、話を続ける。
「それでね、麻衣。麻衣って昔プロレスの液体吹きかける技好きだったじゃない、なんだっけ、どく……?」
「毒霧、ですわ」
「そうそう、それ。火を吹くにはアルコール類を口に含んでマッチとかに向かって吹き出す必要があるみたいでさ。麻衣の好きなアレみたいに火を吹けばいいんじゃないかって思ったんだけど」
そう、スミスと約束したから家に帰った私は、とりあえずインターネットで火を吹く動画を色々と見てみたのだ。
すると、ウィキペディアにも詳細があったので仕組み自体はすぐにわかるようになった。
しかし、危険な技ということもあり、上手くアルコールを吹く必要がありそうだったのだ。
そこで、昔熱心に毒霧について語っていた麻衣のことを思い出し、相談したのだ。
麻衣は私の説明を聞いてからしばらく黙っていたかと思うと、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。他でもない美香さんのお願いです。たしかに、毒霧と火吹きは切っても切れない縁。わたくしがご指導いたしましょう」
「やった、ありがと!」
「ありがとうございマス!」
思いのほか、すんなり受けてくれた麻衣に私たちは喜んだ。
すると、それを遮るようにして麻衣が話を重ねてくる。
「ただし、タダというわけには参りません」
「そりゃ、お礼くらいは多少払わせてもらうわ」
「ボクも講習金支払いマス」
「いいえ、お金ではございません」
麻衣は私のほうをジッと見つめたあと、ポツリと言う。
「美香さん、貴女も毒霧が吹けるようになりなさい」
「うぇっ!?」
なぜ私が毒霧!?
麻衣は少し頬を染めながら話を続ける。
「あれは中学生のときでしたかしら。貴女が私の顔に牛乳を吹きかけたのを覚えてます?」
「ああ、あれね……牛乳でビショビショにしちゃって悪かったわね」
そう、中学生の給食のとき、お調子者の伊藤が変顔で笑わせてきたので麻衣の顔面に牛乳をぶちまけてしまった事件があったのだ。
もしや麻衣、あのときのことを恨んでいるのか……?
そのときの仕返しをここでするのか、と身構える私と裏腹に、麻衣は嬉しそうに言った。
「あれ以来ですの。わたくしが毒霧に目覚めてしまったのは」
「はぁっ?!」
予想外の言葉に思わず固まる。
「ですから、あのときの出来事がきっかけでわたくし、毒霧のすばらしさに目覚めたのです。美香さん、貴女は毒霧で世界を目指せる女性です。是非とも毒霧の特訓をおこなって、一緒に世界を目指しましょう!」
「世界ってなに!? どういうことなの!?」
「東洋の神秘デス……」
はい、私は毒霧で世界を目指すことになりました。
とにもかくにも、私も一緒に毒霧の練習をすることを条件に麻衣がレッスンをしてくれることになった。
なんか良からぬことに首を突っ込んでしまった気もするが、今は気にしないことにしよう。
「さて、ではまず毒霧とは何か、ということについて説明しましょう」
麻衣が説明を始める。
さすが、茶道で先生を務めるだけあっていきなりのことにも関わらず落ち着いたものである。
「美香さん、毒霧とは何だと思います?」
「へ? 毒霧とは? ……攻撃方法?」
「貴女という人は……全然違います」
さも悔しそうな顔をしている麻衣。
いや、毒霧とは何とか言われても知らないよ。
「では、スミスさん。毒霧とは何だと思います?」
「東洋の神秘です!」
ドヤ顔で答えるスミス。
こいつ、とりあえず東洋の神秘言っておけばなんでもありだと思ってるんじゃないか。
「……その通り。スミスさんは分かってらっしゃるわね」
「イエーイ!」
マジですか。さいですか。
おいスミス、ドヤ顔でこっち見るのやめろ。潰すぞ。何をとは言わんが。
私たちの無言の戦争を無視し、麻衣は説明する。
「良いですか。毒霧とは日本の美意識そのものです」
「え!?」
驚きである。毒霧って日本の美だったんだ。
「日本伝統の美には二通りあります。永遠を留めるものと、一瞬を愛でるものです」
「はぁ……」
「たとえば日本庭園。あれは禅において世界、果ては宇宙までも表現し、その姿を留めようとしたものです。それを縮小していくと盆栽や華道といった、自然の形を留める美というものが生じるのです」
「なるほど、たしかにね」
私にはよくわからないけど、盆栽だとか生け花だとかは自然の形を家の中に作り出す、という話は聞いたことがある。
「次に、一瞬を愛でるもの。これは分かりやすいものでは桜でしょうね。日本人が桜を愛する理由に、咲き誇る姿だけでなく、散る姿の美しさもあります」
「たしかに」
「また、夏の花火なども一瞬を楽しむものでしょう。打ちあがり、一瞬で開き、終わる。その儚さに美しさを見出しているのです」
「ほうほう」
そして、麻衣はグッと拳を強く握る。
「そして現代に生まれた新たな一瞬の美こそ、毒霧です! 一瞬で吹きかけ、相手を困惑させる。それだけなのにすべての人々を魅了してしまう毒霧、ああ恐ろしや!」
「あの、麻衣……?」
麻衣が演技掛かった動きで毒霧のすばらしさを説いてくる。
正直怖い。
「毒霧は日本人プロレスラーのザ・グレート・カブキが編み出したと言われております。その後も連綿と日本人レスラーの間で受け継がれる、まさに日本の生み出した美、文化、東洋の神秘といって過言ではないのです」
「はぁ……」
「なるほどデス!」
ふぅ、と一息入れる麻衣。
あっけにとられる私と正反対に聞き入っているスミス。
「さて、この毒霧についてですが、当時ヒール系レスラーが行っていた火吹きパフォーマンスとの相違性を出す目的で編み出されたものであり、火吹きとの関連性は極めて高いのです」
ようやく本題に入ったようで何よりです。
「なので、毒霧の噴霧方法さえ学べば、それを火吹きに応用することも可能でしょう。では一度、実践いたしますわね」
そういうと麻衣は私たちに背を向け、一瞬なんらかを口に含むようなしぐさをした。
そして、こちらに振り向くと同時にスミスに向かって緑色の毒霧を吹きかけた。
「ノオォォォォ~!」
「これが毒霧です。口の形と、一気に吹きかけるところがポイントです」
「ちょっと、麻衣!!」
毒霧を浴びてのたうち回るスミスと、それを見ながら淡々と説明する麻衣。
阿鼻叫喚の状況である。
しかし、スミスはしばらくのたうち回ったあと、落ち着きを取り戻すとこう言った。
「……いえ、神秘を学ぶためには、自ら犠牲になることも必要デス。もう一度お願いしマス」
「さすがですわね。では、お次はこちらで」
「うおぉぉぉぉ~! オーマイゴーッド!!」
引き続き、真っ赤な毒霧を受けてのたうち回るスミスと、数種類の色の毒霧を噴霧する際に混じらわないようにする方法を説明する麻衣。
「なんだこれ……」
「麻衣さん、呆れている場合ではありませんよ。一刻も早く貴女にも毒霧を学んでいただく必要があるのですから。世界大会は近いですよ」
私は、なんとか逃げ出す方法が無いかと無駄な思案をするのであった。
それから数か月、麻衣のスパルタレッスンにもめげず、私たちは一生懸命練習した。
スミスはアメリカの会社からの出向らしく、平日は仕事が忙しいため土日しか時間は取れなかったものの、二人で水の噴霧から始め、まずは毒霧が吹けるように努力したのだ。
そのうち、昼食や夕食をスミスが私の家で食べていくようになったのは、私たちの練習がそれだけハードだということを物語っているであろう。
時折、格闘ゲームで対戦したりしてたのはただの息抜きってことにしておこう。
そして、ついに……。
プシュウ!
空に向かって綺麗に吹き上がる緑色の噴霧。
「素晴らしいですわ、スミスさん。合格です」
「やったぁ!!」
「おー、ジーザス!!」
とうとう、スミスが毒霧の噴霧で麻衣から合格をもらったのだ。
かくいう私は最初の一か月で合格を貰い、「美香さん、流石わたくしが狙っただけありますわね……」とか怖いこと言われていたのだが……。
「スミス、やったわね! これで火吹きにもチャレンジできるね!」
「……そうですね」
最初はバカバカしいと思いつつも、なんだかんだで数か月付き合ってきた私もついつい興奮してテンションが上がる。
一方のスミスは、なんだか元気が無いようであった。
「どうしたの、スミス。ついに火を吹けるかもしれないっていうのにさ」
「……美香さん、実はボク、明日アメリカに帰ることになりまシタ」
「……え?」
突然のことに、目の前が真っ白になる。
スミスがアメリカに帰る。
よくよく考えれば、そんな日が来ることは予想も出来たであろう。
しかし、数か月間一緒に苦楽を共にしたスミスが居なくなることが、その瞬間私には理解が出来なかった。
「うそ、でしょ?」
「本当デス、アメリカ本社から、戻れと言われまシタ」
そして、スミスは悲しみをこらえるように私を見つめて言った。
「今晩、最高の火吹きを美香さんに見せたいと思いマス。これが永遠に二人の思い出になるようなものを見せマス」
「そう……」
「スミスさん、美香さんとは私がお話ししておきますから、夜に向けて準備していらしてくださいませ」
ぼんやりとしている私をかばうように麻衣が入ってくれて、今晩会う約束だけしてスミスと別れた。
そして、二人きりになった茶室で麻衣が私の肩をなでながら話しかけてくる。
「ねぇ、美香さん。人生は一期一会と言いますのよ。出会いがあれば別れがある、それが人生じゃありませんこと」
「そんな、いきなりこんなことになるなんて思わないじゃない!」
思わず叫ぶ私を気遣いながら、麻衣は話を続ける。
「ねぇ、美香。貴女スミスさんのことが好きだったのね」
「……わかんない。最初は、変な外国人だな、って思ったの。それが、なんか可哀想だな、って気持ちから、可愛いかもって思って、それから、それから……」
そして、呟くたびに自分の本当の気持ちに気付いてしまう。
「……麻衣、私、スミスのこと好きみたい」
「そうよね、だからこそそんなに気持ちがグチャグチャになっちゃうのよね」
「私、どうすればいいんだろ……スミスと離れたくない。でも、スミスが仕事頑張ってるのも応援したい……」
涙をこぼしながら言う私の背中を麻衣が擦ってくれるのが分かり、少し安心する。
「ねぇ、美香。貴女もアメリカに行っちゃえば良いではないですか」
「え? でも、私英語喋れないよ……」
「言葉なんて、愛の前じゃ無いも同然よ。それに、毒霧を一か月でマスターした貴女なら英語だってすぐ覚えられますわ」
「麻衣……」
「あーあ、せっかく毒霧世界チャンピオンが日本から生まれると思いましたのに……」
「ふふ、なにそれ」
冗談交じりで応援してくれる麻衣の言葉に私は思わず吹き出してしまう。
「ありがと、麻衣。麻衣のおかげで私決心がついた。スミスに告白して、OKだったらアメリカに行くわ」
「それでこそ美香よ。応援してるわね」
麻衣に励まされ、私は夜に備えるのであった。
そして夜。
スミスは、私のことを地元でも夜景がきれいなことで知られる公園に呼び出した。
カップルにも評判で、現在もベンチごとにカップルがイチャイチャしてるのが見える。
肝心のスミスはと言えば、公園の真ん中で仁王立ちで待っていた。
その姿を見た瞬間、心の鼓動が思わず早くなるのが分かった。
「スミス……」
「美香さん、今からボクの持てる渾身のヨガなファイア、見せマス。これがボクの気持ちです」
そう言うと、スミスは懐からエタノールを取り出し、口に含む。
そして、マッチに火をつけると、そこに向かってエタノールを噴霧した。
「綺麗……」
それは、火で描く可憐な一輪の薔薇のようであった。
情熱的で積極的、それでいて繊細で奥ゆかしい。そんな美しい薔薇が、スミスの噴霧とともに描かれたのである。
そして、薔薇はすぐに消えてゆく。
エタノールを吹ききって息を整えるスミスに私は駆け寄る。
「スミス! 凄いわ! あんなに綺麗な炎、見たことない!」
思わず胸に飛び込んだ私をスミスを受け止め、抱きしめてくる。
「美香さん、この炎は貴女のおかげで生まれたものです。ボクと貴女の愛の結晶です」
「スミス……」
目の前のスミスの顔が真剣になる。
そして、数秒間沈黙しながら見つめ合ったあと、スミスが口を開いた。
「美香さん、ボクと結婚してアメリカに来てくれませんか。いつまでも貴女と一緒にいたいのです」
「……はい、よろこんで」
告白の言葉を受けるとともに、スミスに口づけする。
キスの味は、ほんのりアルコールと焦げたような味がした。
こうして、周囲で騒然とするカップルたちを差し置き、私たちは結ばれたのであった。
それから数年後。
「美香、もう出かけるよ」
「もう少し待ってってば。女は化粧に時間が掛かるのよ」
私は、晴れてアメリカに行き、スミスとの結婚生活を満喫していた。
今日も一緒にお出かけなのだ。
「忘れ物はないね?」
「ええ、財布も持ったし車のかぎも持ったわ……あ、アレ忘れてたわ!」
「おいおい、アレを忘れたら君が困るんじゃないか」
「そうね、なんてったって私たちの売りなんですから」
慌てて私はリビングに戻ると、毒霧用の仕込みを手に持ちスミスの元に駆け寄る。
「危ない危ない、商売道具を忘れるなんて」
「美香はおっちょこちょいだな」
フフッ、と笑い合うと、自然に口づけを交わす。
「今日も精一杯、頑張ろうね」
「ええ、任せておいて」
翌日、アメリカのとあるスポーツ新聞の片隅にはこんな記事が載っていたと言われている。
「またまた勝利! アメリカプロレスに閃光のように現れた二人組、ヨガボーイとポイズンガールの快進撃が止まらない! 果たして二人の正体は如何に!?」
ヨガって凄い。
※毒霧や火吹きは非常に危険性の高い芸であるため、安易に真似をせず、必ず専門家の指導の元おこなってください。