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魔法使いは過酷な職業!  作者: 天堂まや
1章 西二十四街境の魔法使い
1/2

1 〈魔法〉を売らない〈魔法屋〉。


 〈魔法屋まほうや〉と看板を掲げる木造平屋建ての店先を、ひとりの少女が訪れていた。

 着ている衣服は、華美ではないが上物で、ある程度裕福な家庭の娘だと一目で判断がつく。店に踏み入って来たのは少女だけだが、付近にはいくつもの気配が感じられた。少なくとも、五人の護衛がつくような身分ではあるらしい。

 用件にも凡その予想がついたが、店主である青年は一応尋ねた。

「どんなご用件でしょうか?」

 吟遊詩人のように朗々と響く性質ではないが、聴くものにある種の感銘を与える柔らかくて優しい声音だ。

 少女も一瞬、店主の声に聞き惚れてしまう。歌舞音曲に慣れ親しんだ彼女でも、つい引き込まれてしまう独特な魅力を持つ声だったのだ。

 思わず目的を忘れそうになるが、店主に「お嬢さん?」と問い掛けられ、慌てて本来の用件を口にした。

「私に、〈魔法〉を売ってください!」

 声音に悲壮さは微塵もなく、むしろ憧れと期待に弾んでいた。

 想定通りの回答に、店主は内心で舌打ちをした。

 だが、腐っても客商売。

 最低限の筋を通す必要がある。

 森で師匠と暮らしていた頃とは違うのだ。

 村という集団の中で暮らすには、様々な規則と柵があることを、ユエールは嫌というほど学んでいた。

「どんな〈魔法〉が、ご入用なんですか?」

「私が欲しいのは、キラキラ光る雷と、一瞬で砦をも燃やし尽くす業火の〈魔法〉ですっ」

 雑貨屋で飴玉でもねだるように、十代の始めといった娘は、あどけない表情でとんでもない代物を挙げた。

 ユエールは、柔らかい笑顔を崩さない。この手の相手をするのは、もう何度目だろうか。続く言葉も慣れたものだ。

「お客さんに売るような〈魔法〉は、この店にはありません」

「えっ。

 だって、ここは〈魔法屋まほうや〉でしょう?

 西二十四街境にしにじゅうしがいきょう付近で、一番腕が良いのはこの店だと聞いたのよ」

 王都から見て、西に二十四回目の開発を行った地区を「西二十四街境にしにじゅうしがいきょう」と呼ぶ。

 他の地方にも東三街境ひがさんがいきょう北八街境きたはちがいきょう南十街境みなみじゅうがいきょうなどの名前がついている。発案したのが、国を興した初代国王なのか、治世を支えた大臣なのかまでは伝わっていないが、先見の明があったのだろう。碁盤目ほどに正確に整っているわけではないが、位置を把握するにはわかり易い制度だと国民には概ね好評だ。なお、数字が大きいほど、辺境と見做される。

「確かにここは〈魔法屋まほうや〉です。でも、お嬢さんが欲しいと言われた代物は扱ってないんですよ」

「わざわざ、十日も掛けてやって来たのに!?

 そんなのひどい……。

 なにか、ほかのものはありませんか?」

「ありません」

 取りつく島もない有様で、青年は応えた。

「じゃあ、この店はなにを売っているの!?」

 激昂した年下の少女を相手にしても、店主の慇懃無礼な態度は変わらない。

「もちろん、〈魔法〉ですよ。

 ただし、お嬢さんが欲しがっているような紛い物の玩具じゃありません。

 本当の〈魔法〉です」

「ふざけないで!!」

 金切声に反応して、店の外で待機する護衛たちに殺気が宿った。荒事慣れしていない村人ならば、気配だけで身体が竦むだろう。だが、店主である青年は平然としたものだ。勿論、理由はある。少女の護衛がどれだけの手練れだろうと、全員を返り討ちにするだけの戦闘能力を彼は持っているのだ。殺気や闘気を飛ばすような未熟な真似はしていないので、少女は当然のこと、護衛たちの誰も気付いていないだろうが。

 少女が知る限り、魔法使いというのは、年代を感じさせる身の丈ほどの長い杖を持ち、意匠を凝らした贅沢な長衣ローブを着込み、魔法道具と思しき宝石を体のあちこちに身につけているものである。

 だが、〈魔法屋まほうや〉の看板を掲げる若い店主が身に纏っているのは、ゆったりとした簡素な長衣ローブに、室内にも関わらず膝裏までの深緑色の外套コートと猟師が好んで履くような皮製の半長靴ブーツに、帯に差した白木しらき作りの短い杖。ほかにはいくつかの腰袋ポーチを腰回りに提げているだけだ。

 とても、吟遊詩人が語る御伽話や、役者たちが演じる英雄譚に登場する魔法使いには見えない。

 よくよく店内を見回してみても、魔法道具らしきものがあるようには思えなかった。壁に吊るしてあるのは乾燥された植物で、木製の棚には薬瓶らしきものが置いてあるだけだ。これでは、〈魔法屋まほうや〉というより、〈薬屋〉である。

 散々馬鹿にされたことも加わり、期待に満ち溢れていた気持ちがみるみるうちに萎んでいった。

 反対する家族を説き伏せて、自分の専属護衛だけを連れて、こんな辺境までやって来たというのに、すべて無駄足だったというのだろうか。

 腹立ち紛れに、この店の悪い風聞を流し、商売の妨害をしてやろうかという邪念が頭を擡げる。少女自身に力はないが、有力者を親に持つ友人は多い。それとなく、噂話として囁けば勝手に広めてくれるだろう。自分の両親だって、愛娘を虚仮にしたインチキ〈魔法屋まほうや〉を放置しておかないに違いない。

 物騒な計画を脳内で立て始めた少女に、店主の説明が続く。

「あなたは、木の棒に色をつけただけの剣で、重装備の鎧騎兵を倒せると思いますか?」

「無理に決まっているでしょう。

 子供の遊戯ちゃんばらじゃあるまいし」

「その通りです。

 あなたが欲しいと言われたのは、その子供の遊びに使う玩具と同じ種類のもの。

 そして、うちの店が扱うのは、本物の戦場で使う武器と同類です」

「さっきから聞いていれば、馬鹿にしてっ。 子供の遊びなんかじゃ……!」

 各地を巡回する旅の一座は、少女の地元でそれはもう素晴らしい劇を披露してくれた。騎士たちが悪戦苦闘している敵の軍勢に、あとから駆けつけた魔法使いが全力を振り絞って絶大な魔法を放ったのだ。敵は百と言わず、千……いや数千がその魔法によって打ち倒された。堅牢な砦は魔法使いの登場により、瞬く間に制圧され、友軍の将軍と若い魔法使いは互いの健闘を称えあう。戦勝を祝し、魔法使いの仲間たちは晴れ渡った空に雷にも似た魔法の華を無数に咲かせた。それは荘厳で、筆舌に尽くしがたいほどの美しさだった。

 年若い娘にしては珍しく少女は恋物語よりも冒険譚を好む変り種であり、壮大なスケールで描かれる舞台に一度で心酔してしまった。淑女は野外で行われる公演を嫌厭しがちだが、彼女は手に入るだけの観賞券を買い漁り、時間の許す限り足を運んだほどの入れ込みようだ。

 旅の一座は、もう次の興行地に向かってしまい、あの素晴らしい魔法を見る機会はない。

 ならば、自分で僅かでも再現すれば良いのではないかと、十代前半の若さと思いつきに突き動かされ、少女はこの店までやって来た。

「あなた、わかってます?

 砦を燃やす〈魔法〉なんて本気で欲しがるなら、それは戦争を仕掛ける意思があるということですよ。衛士えじに知られれば、国家反逆罪か敵国の間者扱いで、即座に牢獄行きです」

 鼻白んでいた少女は、ユエールが告げた言葉に声を失った。良く手入れがされた指先で、慌てて自分の口元を抑える。己れの発言が、今にも村の衛士えじに聴こえるのではないのかと、恐ろしくなったのだろう。

 衛士えじは騎士とは別の、国に仕える憲兵組織だ。捜査権や捕縛権を持ち、時には上級貴族だろうが逮捕することもある。裁判権こそないが、市民からは畏れ敬われる存在である。

 この国に戦争の概念がなくなってから、二十年あまり。戦力だけでなく経済や産業でも他国を圧倒するようになり、文字通りの大陸の覇者となった。

 尤も大陸の覇者になったとはいえ、国家を脅かす存在は皆無ではない。そのため、当国では国防に相当な力を入れている。街だけでなく、村にまで衛士えじが派遣されているのがその証左である。

 現王は、無闇な他国への領土拡大には興味を示さず、自国の未開発地区の開拓に力を注いでいた。その結果が、西街境にしがいきょうだ。他の地方ではせいぜい十五で止まっている数字が、西のみ三十近くまで続いている。山や森が多いものの、大地自体は肥沃であり、開墾すればするだけ穀倉地帯が増えていくのだ。

「お嬢さんが欲しいのは、どうせ西十九街境にしじゅうくがいきょうあたりで人気がある芝居で使われた〈魔法〉でしょう。

 そういうものなら、王都に近い街境がいきょうの方が手に入りやすいですよ」

 訪れた客が、相応の年齢であったならば、ユエールもここまで親切に話しをしてやらない。大人びてはいるものの、まだ大人としては扱われない幼い相手だっから、かなり噛み砕いて説明をしているのだ。同情しているわけでもなんでもなく、あとあとの面倒を呼び込まないための防衛措置だ。大人ならば「自己責任」で片付けられることも、子供の場合は厄介な保護者が登場することがままある。特に、頻繁に観劇が出来て、良く知りもしない店で値段も確認せずに買物をしようとするような振る舞いを見せるのは、十中八九貴族か豪商の令嬢や令息だ。どんな相手が出て来ても叩きのめす自負はあるが、派手にことを構えれば村に迷惑がかかる。余所者のユエールを、条件付きとはいえ住人扱いしてくれる村人たちだ。出来ることなら、あまり負担をかけたくない。

 尤も、最悪の場合は、さっさと店を畳み、森の奥で隠棲するか旅暮らしに出れば良いとも考えている。店は出奔した師匠に押し付けられたものであり、ユエールが望んで開いた場所ではないからだ。ただ、僅か一、二年で店を潰したと師匠が知れば、盛大に哄笑されることがわかっているので、それはそれで面白くない。

 さて、目の前の少女はどうするかと様子を伺えば、店にやって来た時のようなはしゃいだ雰囲気は消え失せていた。

 衛士えじによる捕縛をチラつかせたのが、予想以上に効いたらしい。

 ユエールは、駄目押しでにっこりと笑った。

「どうぞ、お引き取りください」

 項垂れたまま、少女は店を後にした。主人の動きに反応して、護衛たちの気配も遠ざかっていく。今回も揉め事を起こさずに、穏便に解決することが出来たようでなによりだ。

 この場には居ない師匠に対し、勝ち誇ったよう気分になりながら、ユエールは店の扉を閉めた。






 こうして、西二十四街境にしにじゅうしがいきょうの〈魔法屋まほうや〉は、今日も〈魔法〉を売らずに一日を終えるのだった。






 〈続く〉

職業に関しては、資料に「職業」ページを設けました。

http://ncode.syosetu.com/n5423cr/2/

(2015/05/22)


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