独裁国家
ー次は白里、お出口は右側です。
The next station is Shirosato…
田舎と都会の境界のような住宅街の間に敷かれたレール上を走る15両編成の長い電車は、朝の通勤通学の大勢の客を乗せ、時速120キロ程のスピードで東京方面へ向けて走っていた。
その乗客の一人である、中学生の黒塚雅樹は、先日発売されたばかりのスマートフォンを片手に、パズルゲームを楽しんでいた。
「あっちゃー…ヤられちゃったよ…」
少し長めの前髪から覗く少し幼さを残した丸みを帯びた目を細め、雅樹は、負けたのを機にゲームをやめ、ゲーム中に友人から来てたメッセージに返信をつけようとLINEを起動させた。
「おはよー( ^ω^ )今日って体育あったよね?」
「うん、そうだよ」
他愛もないメールに返信をすると、雅樹は返事も待たずにスマートフォンのスリープボタンを押して、画面を消灯した。
「ふぁぁ…眠いなぁ…」
窓から覗く冬の風景は、日も指さない程雲が垂れ込めていて、ただでさえ冬の寒さと周囲が寂れがちな風景に拍車をかけ、寒いどころか悲壮感さえ感じさせていた。
そんな外の風景とは裏腹に、電車の中はとても快適だった。
息ができない程の鮨詰状態という訳でもないのでスマートフォンをいじる程度の身動きは普通に取れ、外の氷点下1度の寒さ故か、電車内の暖房は少し強めに設定されているのと、通勤ラッシュでの人の熱気とで、人の出入りが激しくとも車内は程よい温度に調節されており立ったままでも眠ってしまいそうな陽気に包まれていた。
雅樹もその陽気に身を委ね、眠りそうになっていた。
「まもなく、白里、白里、お出口は右側です。」
天井のスピーカーから流れてきたアナウンスと、緩やかなブレーキの感覚で、雅樹は目を覚ました。
そして、電車が完全に停車してドアが開くと、大勢の人と共に雅樹もまた電車を降りた。
自動改札機にペンギンが描かれたICタイプの定期券を改札外に出ると、雅樹の足取りは一気に重くなった。
「はぁ…嫌だなぁ…学校…」
溜息は、今日のどんよりした空の中に消えていった。
雅樹のクラスでは、イジメが横行している為、雅樹は学校が嫌いだった。
一人のクラスメイトに対し、一人の人物を中心とした集団で
集団無視、デマ流し、殴るけるなどの暴力、恐喝、金銭の強奪といった暴行が教師などが見ていないところで当たり前のように行われている。
最初は止めに入るクラスメイトもいたが、次第にいじめる側に回っていた。
雅樹はいじめに関して、特にやるほうでもやられるほうでもなかったが
やっぱり人がいじめられるのを見ているのは、いい気分ではない。
学校に着くと、昇降口で上履きに履き替え、
自分が所属する3年1組の教室に向かった。
教室付近に近づくと、1組の教室からは、大きな笑い声や茶化すような声が
薄い壁を通り抜けて聞こえてきて、雅樹はまた、大きなため息をついた。
今日もまた、あの子はいじめられてるのだろうな・・・
いじめを平気でする奴の気がしれない・・・
そう心でつぶやき、雅樹は教室の後方にあるスライド式のドアを開けた。
「もうやめて・・・」
教室の後方で、一人の女子生徒が腹部を抱えてうずくまっており、
その周囲を、十人くらいの男女が取り囲んでいた。
「藤崎さんが”非国民”だからいけないんじゃん」
取り巻きの中心的人物の女子生徒「倉持弥生」がもがき苦しんでいる女子生徒「藤崎 莉緒奈」に自分が飲んでいたコーラの缶を、中身が入ったまま、咳こんでいる莉緒奈に向かって投げた。
「私、永瀬さんにもクラスのみんなにも何もしてないよぉ・・・」
「別にあんたの事なんて関係ないの。美羽が非国民と決めたら非国民なの。」
泣きながら訴える莉緒奈を無視し、弥生は追い討ちをかけるようにその腹を蹴った。
「いいぞー弥生!流石バスケ部のエース!」
どっと低俗な笑いがこみ上げた。
「非国民は死刑だ!」
死刑!死刑!死刑!
クラスの一人が叫ぶと、それに合わせて周囲の取り巻きも一気に叫びだした
「藤崎も気の毒にな・・・こんな屑どもに目を着けられて・・・」
窓際の一番後ろの自分の席から雅樹はその様子を、助けるわけでもなくただゴミを見るような冷たい目でいていた。
助けるのが本来望ましいのだろうが、別に雅樹は莉緒奈の友人でもなければ、なんでもない、ただの他人である。
学校とは本来勉強をして部活でやりがいや上下関係を学び時間になったら帰る、いわば大人のセカイの会社と変わりない。友人なんて別に無理して作らなくても構わない。
と、雅樹は割り切った考えを持っていた。
その上、もしこの場で莉緒奈を助ければ間違いなく雅樹が次の「非国民」にされてしまう。
そうなったら、雅樹自身が苦しい思いをするだけではなく、雅樹の家族や友人にまで迷惑をかけてしまう。
雅樹はわざわざ他人のために自分を犠牲にしてまで尽くすタイプではなかったので、あえて遠くから、この独裁国家・みぅみぅらんどを冷めた目で見ているのだ。
「いじめはいけません」って親や小学生の道徳で習わなかったの?
それとも、こいつら小学校も卒業できないほど幼稚なの?
いい加減自分たちがやってることが愚かだと気が付け・・・
まぁ、人は1つ他人を傷つけると、それが10倍になってくると俗に言われているから、やがてこいつらもきっと罰が当たるだろう・・・
空に唾を吐いたら、自分に掛かるみたいにね・・・
殴られ、蹴られ、髪を引っ張られて苦しんでいる莉緒奈が、雅樹に涙目で何かを訴えてるとも知らず・・・
「雅おはよう」
突然横から声をかけられ、雅樹は我に返って声の主を見た。
それは、先ほど通学途中の雅樹にメールを送った張本人である、桶川晴海だった。
「おはよう、晴海」
唯一の友人である晴海が登校してきたことでほっとした雅樹は、自然と口元に笑みを浮かべた。
「未読無視とかないわー」
「寝落ち常習犯の晴海に言われたくないなー」
「そりゃ来週テストだし?」
「またそーやってくだらない嘘を・・・勉強なんてしてないくせに・・・」
「まぁね☆」
雅樹の前の自分の席に座るとすぐに、晴海は鞄からアルミホイルにくるまれた朝食のおにぎりを出してほおばり始めた。
「・・・てか俺の分もちょーだいよ。飯食ってないから腹減った」
「学校近くのセブンで買って来ればいいじゃん」
「いやだ 晴海の自家製がいい」
雅樹は子供のように駄々をこね、不貞腐れて机に突っ伏した。
「明日から作ってきてあげようか・・・?」
「え?いいの!?」
雅樹は思わず声のトーンを上げた。
「うん、1個200円で」
「コンビニよりたかいじゃん」
「値下げはしないよーん」
おにぎりに不似合いなペットボトルのロイヤルミルクティーを一口飲むと、晴海は、掛けていた眼鏡を外して、少し汚れたメガネ拭きで拭いた。
よく、おとなしい人が眼鏡を掛けると冴えないように見えてしまうケースが多いが、晴海は割と綺麗な顔をしており、眼鏡を掛けても普通にかっこいいが、やっぱり素顔の方が、雅樹は好きだった。
「なんで晴海はコンタクトにしないの?」
片目でメガネの汚れ具合を確認していた晴海の顔を雅樹はまじまじと見つめた。
「めんどくさいから」