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僕の、ただ一つのStellar

作者: 雪雲

「そこでもっと情熱的に!想像して、自分が演じている役の感情を!

それをそのまま表に出して!」

舞台の上で、スポットライトを浴びながらその少女は光り輝く。

表情は凛として、前を向きながら堂々と、綺麗な声を精一杯張り上げ手足を大きく動かして。

「そう!もっと!羽ばたくように!盛り上がりを見せて!」

中世の貴婦人をモチーフとした衣装を着込んだ彼女は、舞台の上で花となり、宝石となり、そして主役となる。

僕たちのプリマドンナは誰よりも美しいと自信を持って言える。

そして僕はそんな彼女を音響室のガラス越しに見ている。

機材を操作する手が緊張で強張る。

誰も彼女の演技を邪魔することは許されない。


会館の時計が夜7時を回った。閉館が8時なので、今日の練習時間はここまでだ。

「はいお疲れ様ー!今日のリハーサルはここまでにしておこう!

 明後日はとうとう本番だ、明日もまたリハーサルはあるが、今日のところは皆しっかりと休んで、また万全の状態で臨んでくれ!」

「はい! 監督、お疲れ様でしたー!」

舞台上の役者の表情に安堵が広がる。

「お疲れ様でしたー、ふぅー…」

監督の張り上げた声を音響室で聞いた僕も、ようやく体の張りを解ける。

音響機材を触る手は、一日中抑えていた震えが今頃来たのか、ガッタガタだ。

「はぁ…明後日、本番か…大丈夫なのかな僕」

裏方とはいえ、人員が少ないこの劇団では僕のミスをカヴァーしてくれる人は他に居ない。

あまり気負いすぎるなと監督は言ってくれてはいるが、

僕が所属している劇団の為、僕たちのプリマドンナの為と考えると、

感じるプレッシャーで押しつぶされそうになる毎日だ。

「…駄目だな、これ以上何か考えるとどんどん暗い気持ちになっていきそうだ。

取りあえず、片付けるか…」

考えるよりも先に手を動かして、とにかく気を紛らわそうとしたその時、音響室の扉がカチャッと静かに開いた。

「…祐樹さん、お疲れ様です。」

聞こえてきたのは、気の弱そうな、でも綺麗な小さな声。僕がこの世で一番好きな声だ。

「ああ、凜子ちゃん、入っても大丈夫だよ」

「あ、し、失礼します…。」

そして、眼鏡をかけた小柄な女の子が一人入ってきた。

少しおどおどした雰囲気を放つ、お世辞にも活発な性格とは言えない彼女。

髪は透き通るような長い黒髪で、手入れはちゃんとしているのか腰まで伸びた髪は

今もさらさらとたなびいている。


初めて凜子ちゃんにあった人に、彼女が先ほど舞台の上で堂々とした演技をし、

朗々と歌を歌っていた女の子だよと言っても、殆ど誰も信用しないだろう。

それぐらい舞台の上と下とで彼女の顔は変わる。

劇団に入った時からの付き合いである僕にとっては、

彼女はいつでも可愛い女の子なのだけれども。

「お疲れ様凜子ちゃん、今日も演技すごく良かったよ」

「い、いえ…そんなことないです。いつも監督とか…その、皆さんに助けてもらっているから…」

彼女は、少し息切れした様子でそう言った。

練習が終わってから、すぐに僕のところに来てくれたんだろうなぁと思うと、胸の中が熱くなる思いだったが

それを声には表さず、いつも通りに会話を続けた。

「もっと胸をはってもいいと思うんだけどなぁ、君にとってはやっと掴めた主役の座なんだし」

「ご、ごめんなさい…」

彼女の魅力がその二面性にあるとすれば、欠点は自身が無さ過ぎる事か。

しかも褒められれば褒められる程に委縮してしまうその気性には、

今では皆慣れたものだが、昔は少し衝突が起こっていた時期もあったものだ。

でも、こればっかりは人に言われて改善できるようなものでもないと思うので、

近くで見守っていくしかない。

(…とは言っても、ずっとここで二人、黙っている訳にもいかないか…)

こういう時、何かを切り出すのはいつも僕の役目だ。

「…それじゃあ、ちょっと待っていてね?片付け終わったら一緒に帰ろう。

 夜も遅くなってきたし、送るよ」

「は、はい! …じゃあ、片付け手伝いますね」

「ありがとう、それじゃあ…」

どっちにとっても、暗くふさぎ込むよりも手を動かした方がいい、という訳だ。

音響室の少し薄暗い照明の下で、僕たちは結局あまり言葉を交わさずに黙々と作業をした。


片づけを終わらせて、監督に挨拶ついでに少し世間話をしたら、もう夜の9時過ぎになってしまった。

「…ごめんね、こんな時間まで付き合せちゃって」

先ほどとはうってかわって今度は僕が彼女に謝る番だ。

「だ、大丈夫ですよ、まだ9時ですし…。監督とは、何を話していたんですか?」

「ん、ああ、ちょっとね」

彼氏らしく、本番を控えて緊張している彼女を少しでもリラックスさせてやれと

にやけ顔で言われたことを伝えたら、

彼女はきっと恥ずかしがって口を聞いてくれなくなってしまうだろうな。

この劇団に入った本当に初期のころに、僕は凜子ちゃんに告白をした。

まぁ、恥ずかしながら一目惚れだった。

最初は謝られながら断られたのだが(後から聞いた話だと、自分が人から好かれるなんて彼女は

信じられなかったらしい)

その後も何度かアタックを試み、色々お互いに話をして、遊びに誘っているうちに段々と仲良くなっていき、10回目の告白でようやくokを貰えた。

その時から恋人の関係ではあるが、彼女は未だに他の団員には

僕たちの関係がばれていないと思っているみたいだった。

全員にばれていると知ったら、彼女は一体どんな反応をするのだろうか。


「………」

「………」

手を軽く繋ぎながら、僕たちは川の近くの遊歩道を歩く、二人のお気に入りの帰り道だ。

僕たちの住んでいる所は都会と田舎が混ざり合ったような、なんだか不思議な地区だ。

適度に性格に困らない程度にものや店はあるが、そこまで大きな歓楽街はない。

だから、今通っている道では僕たちの足音以外に人工の音は殆ど聞こえない。

そういったところは、都会のど真ん中よりも好きだと思えた。

「…祐樹さん」

突然、凜子ちゃんはそう言って腕を絡ませてきた。

誰にも知られていないことだが、凜子ちゃんは僕と二人きりの時にはちょっとだけ積極的になってくれる。

「ん?なに?」

返事は帰ってこなかった。

更に、徐々に腕に込められる力が強くなってくる。

心配になった僕は足を止めてそっと彼女の顔を覗き込む。

その時初めて、僕は彼女の目に涙が浮かんでいることに気が付いた。

「…どうしたの?凜子ちゃん」

声を改めてかけた瞬間、目に浮かんでいた涙がぼろぼろとこぼれ始めた。

「祐樹さん…祐樹さん…!」

そう言って凜子ちゃんは僕に抱き着き、そのまま僕の服に顔をうずめて泣き始めてしまった。

突然の出来事に震える彼女の背を撫でる事しか出来ない僕は、

取りあえず近くにあったベンチに彼女を座らせ、彼女の前に膝をかがめて落ち着くまで

待ってみる事にした。

ベンチの横にある街灯が、淡く優しい光を僕たちに浴びせている。

幸い、人通りが殆どない場所だったため、彼女が落ち着くまでずっと待つことが出来た。

5分ほどそうしていただろうか、次第に彼女のむせびが収まってきたころ、顔を下に向けたまま

ようやく言葉を発してくれた。

「私…怖いんです…どうしても、どうしても怖いんです…」

「何が怖いんだい?演技の事?」

彼女は頭を軽く振りながら、震える声で言葉を続けた。

「こ、ここまでの事が…夢みたいで…ずっと夢を見ているみたいで…。

皆さんはとてもこんな私によくしてくれますし…やっと舞台に立たせてもらえて…しかも主役で…」

彼女の両手を握る僕の手に、彼女の不安の滴が落ちる。

「…今までこんなことって全くなくて…次の日になったら全部消えちゃうんじゃないかって…ずっと、ずっと不安で…」

もっと早く僕に相談してくれればよかったのに、とは思わなかった。

多分、彼女は彼女なりに、僕の事を心配したうえで、今までこの不安を一人で抱えていたんだろう。

だから、彼女にかける言葉は一つだけ。僕はゆっくりと、彼女の言葉が終わるのを待ってから切り出した。

祐樹「ありがとう、僕に言ってくれて。今まで気付けなくてごめん」

「そ、そんな…! 悪いのは私です…いつもいつもこんな弱気で…」

「そんなことはないよ、誰だって不安は抱えているんだから。

一人で抱えてそのままふさぎ込んじゃう子だっているんだ。

凜子ちゃんはきちんと僕に相談してくれた、それはとても勇気のいる事だよ?」

そう言い切ると、彼女は顔を挙げた。

「誰もかれもが不安を抱えている、けれども、僕たちは仲間だ。

その不安は共有して、皆で克服して行けるものさ」

目元を真っ赤にして、ぐしゃぐしゃな泣き顔になってしまっている彼女は、

「ゆ、祐樹さんも、ふ、不安なことがあるんですか?」

と、聞いてきてくれた。

改めて、僕は目の前の少女が愛おしくなった。

不安で押しつぶされそうなのは自分なのに、多大なプレッシャーを背負っているはずなのに、

それでも健気に他人の事を気遣ってくれる、可愛い僕の恋人。

思えば、付き合い始めてからこんなふうに彼女の本音を聞く機会はあまりなかったかもしれない。

お互い忙しい身だったから、どちらもそんなに自己主張が得意な性格ではないから。

理由はいくらでも思いつくが、そのどれもが醜いいい訳に思えてしまって、

軽い自己嫌悪に陥る。彼氏なのに、まだ自分は彼女の支えとしては未熟だなと。

だから、今だけは勇気を振り絞って彼女を元気づけたい、そう思う。

「勿論、僕もまだまだ未熟だから。そうだなぁ…たとえば、いつ機械の操作をミスしてしまうか、気が気じゃないよ」

若干冗談めかして言うと、少し笑顔を見せてくれた。

「人数が少ないうちの劇団だと、僕以外音響担当がいないからね。監督に任せる訳にもいかないし…それに」

「それに?」

ここは、頑張る場面だ。そう思って、深呼吸ひとつ。

そして僕は、凜子ちゃんの手を両手でギュッと握って彼女の目の前に持っていった。

「君が輝く場面の邪魔だけは、決してしたくないからね」

上手く言えただろうか、少し照れが入ってしまったかもしれない。

彼女は少しだけあっけに取られた表情をしていたが、少しすると。

「ぷっ…あはっ、あはは」

まだ目に涙は浮かんではいるが、それでもようやく笑い顔を見せてくれた。

「…笑うのは、少し酷いんじゃないかな」

「あははっ…す、すみません…で、でも…あはっ」

一世一代の演技をこんなふうに笑われたのは不服だったが、

それでも彼女が笑ってくれたのなら満足だ。

一通り笑いきったのか、彼女は目元の涙をぬぐいながらこちらに顔を向けてきた。

「…祐樹さんはやっぱり素敵な方です。私は、貴方の恋人になれて本当に幸せです」

今度はこちらが声も出なくなる番だった。

「君こそ、僕にはとてももったいないくらい、素敵な人だよ」

そう言って顔を近づけると、何か雰囲気を感じ取ったのか彼女は顔を赤らめて

「こ、ここは外ですよ…!?」

「大丈夫、殆ど人通りがない事は知っているだろう?」

そうは言ってもやはり恥ずかしいらしく、顔を下して手を膝の上に置きもじもじしてしまっている。ここまで盛り上がったはいいけど、やはり恥ずかしいかなと逸った自分を諌めようとしたとき、彼女はこう言った。

「…祐樹さん、それじゃあ…御願い事一ついいですか」

「…なんだい?なんでもいって?」

そういうと彼女は赤い顔をこちらに向けて

「優しく、してください」

もう、止まれなかった。


行為が終わって、彼女の身の回りを少し拭いてあげて、その横の草むらに僕も寝転がる。どっちもクタクタになってしまった。時計を見たら12時を回っている。

「…どっちも、夢中になっちゃったね」

汗まみれになって、鼻を掻いて、空を見上げながらつぶやく。街灯がすぐ近くにあるが、それでも街の明かりが強くないせいか、星が良く見えた。

「…だって、祐樹さん、止まってくれないんだもん」

拗ねた声が聞こえる、顔は見えないが、恐らくその顔はおそらく頬が膨らんでいることだろう。

「…元気になった?」

「………いっぱい、元気貰えました」

「よかった…凜子ちゃん、僕にとって君はこの夜空に浮かぶ星なんだ。大きな大きな、僕にとっての一番星。だから…だから、うん、大丈夫」

「ふふふっ、最後の方、何が言いたいのか、よく分からなくなってますよ」

「…祐樹さん、私は星って言ってもらえて嬉しいです。でも、やっぱり私、星じゃいやです」

「な、なんで?」

と、不安になり隣を見ると、目の前に彼女の顔があり、そして軽く唇をチュッとつけてきた。

「…私は、星じゃなくて、貴方の隣に居たい。貴方の恋人のままでいたい、です」

薄明りの中でも分かるほど、顔を真っ赤にしながら、笑顔で語りかけてくる彼女。

…やっぱり、君は眩すぎる星だよ、そういうのは野暮ってものか。


本番前日のリハーサル、今日は、監督は音響室で僕と共に舞台の進行を見守る役だ。

視線の先には凜子ちゃんがまた堂々とした演技を披露している。

「彼女、昨日よりずっといい具合じゃないか」

顎に手を当てながら監督はいきなりそう言いだした。

「…ですね、すっきりとしたいい表情をしています」

「やはり、不安に対する一番の特効薬は恋人のキスだったかなぁ?」

「監督、セクハラまがいの事言ってないで舞台見ていてください」

「むっ、何もそこまでいう事ないだろ…ぶつぶつ」

そう不満を口にしながらも、監督の目は真剣そのものだ。

じっと舞台に向ける目には、彼の今度の舞台への本気の具合が見て取れる…、

口元はずっとにやにやとしたままだが。

きっと監督は、全部わかったうえで昨日僕たちを遅い時間帯に帰したのだろう。

全く、この人にはかなわない。

ため息を漏らしながら僕は改めて舞台の上の彼女に目を移す。

今日もまた彼女は舞台の上で堂々と演技をし、僕は舞台の下で強張る手を懸命に動かしながら

彼女を支える。

頑張れ、凜子ちゃん、君は舞台の上で主役になるんだ。

もしかしたら、僕のその強い願いが伝わったのかもしれない。

彼女は、ふと音響室の方に顔を向け、笑顔を見せた。

僕だけがわかる、演技ではない、彼女自身の笑顔を。

舞台の花は、今日も華麗だ。                   

                                             閉幕


初めまして、雪雲と申します。

初めての投稿となる今回は企業の募集に送った原稿を、このまま眠らせておくのもどうかと思い、

投稿させて頂きました。

もしよろしければ感想など頂ければありがたく思います。

今後も多分投稿すると思いますので、よろしくお願いします。

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[良い点] 恋愛ものは大好物です。とても面白く読めました。 今後も期待しております。
2014/10/15 22:23 退会済み
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