少年が書いた終止符は少女には見えない
2014/10/28 投稿
二千十四年七月十四日。人知れずして起こった因果規律異常。これは世界の犠牲を最低限度まで抑えるために、人為的に発生されられたものである。魔法による因果律法則への干渉は不可能であるとされており、また因果律への干渉を魔法で実現し、これを証明した初めての事例である。この一件によって、魔法を用いた因果律への干渉は、事象改変を引き起こし、世界改変にまで至ることが明らかとなっている。
世界改変が終息した以上から三ヶ月後の二千十四年十月十四日。この日を境にして、風里家は完全な矛盾のない世界改変に成功したと発表するに至った。
この魔法は単独では使用できず、ある一定の条件を用いる。それは一人以上の人間に、事象改変能力を与え、尚且つ、その人間たちを中心としてでしか世界改変を行えないためある。対象とする人間は改変する事象に近しい存在であればあるほど、改変後の因果的矛盾を消し去ることができる。故に短期間で乱発できないと言う。
名をアンディープ・アンチフェイトと名付けられた魔法の証明として、魔法研究者である阿木寿恵子が“世界改変の中心に居た少女”の日記の内容を公表している。
部活設立から始まっており、魔法で書かれたこれは、日記ではなく部活動日誌と呼ばれるもので、ある時から世界改変中の彼女の公の行動を克明に記している。
彼女の名は愛崎礼音。風里家の魔法戦闘実働親衛隊の中でも、最強の実力を当時から誇っていた。事象改変時の中核的存在に彼女が選ばれたのは、可能性という因果を多く持っていると考えられたからだろう。
そして最も中心に近かった。いや、彼が中心になっていたと言っても間違いではない。
神崎祐希。それまで魔法に一切触れることなく人生を歩んできた彼は、世界改変中に自らの才能と能力と可能性を示し、無限の可能性を世界に与えた。その方法は未だに明らかでないが、魔法の創成、魔法の連続的継続使用、魔法の直列起動という、不可能と言われた魔法の事実をこの期間に覆している。この時点での彼の魔法戦闘の実力は、現在の愛崎礼音氏を上回るとされ、改めて風里家は不可能問題について研究を続けると公表した。
「和佳。書けた」
キーボードを打ち込む手を止め、代筆を頼んできた友人を見る。
「ありがとうございます。やはり私より圧倒的に資料を作るのがうまいですね」
「八千に、習った」
「そういえば、八千さんもうここに来ませんね。礼音もずっと彼についているようですし」
「もう半年」
活動実態の無さからヒマ部と呼ばれ、魔法使いの集まりであったことから秘技的魔法研究部と呼ばれ、最終的に第二生徒会と呼ばれるようになった部活。六ヶ月前には五人居た場所には、今では風里和佳と中町涼子の二人しかいない。
「ここも寂しくなりました……私は今になって、本当にアレで良かったのかと思っています」
彼女は無くした腕の肩を掴む。
「何を?」
「二人を助けたことは後悔していません。ただ私が助力すれば、彼を救えたのでは、と、今でも、考えてしまいます」
目を伏せる彼女に中町涼子は、何を声をかけられなかった。何故なら、真実を知ったのが全てが終わった後だったから。せめて尊敬する彼のために、彼の残した可能性を証明するために歩む。
とある病室のベットの上に少年が一人。その隣に少女が一人座り、一人用の病室には、他に誰も居なかった。
「…………」
彼は生物的には死んでいない。医学的には脳死とされる。そんな彼を真剣な眼差しで見つめる愛崎礼音は、自らの力の無さに呆れる。
「ねぇ祐希」
神崎祐希は自らの魔法で自らを断罪し、そして内部から自身を“殺した”のである。彼女はこの半年間ほど、学校には通っているものの、時間があればここに居る。精神のない彼が、自然に目を覚ますことはないと知りながらも、それでも諦めずに通っている。
「私、諦めないからね」
感情を表に出さず、本当に信頼した人間にしか本音を言わない。それが彼女の処世術だった。その例外に当てはまった三人目の人間。大切な友人に彼女は決意を告げる。
「祐希はね、天才なんだよ。こんなことに巻き込まれなくても、魔法を知ったはずなのに……私は、私だけは、祐希の未来を絶対に取り戻すからね」
二人きりの病室で彼女は言う。それは、尊敬、愛情、後悔、もしかすると単なる好奇心なのかも知れない。
私は彼を越えられない。何故なら、私の中で越えられない壁として、神崎祐希は存在しているから。しかしながら超えないと、彼の未来を取り戻すことは難しい。
少年は全てを犠牲にした。この出来すぎた物語に結末を与えた。用意されたかのようにあった人々の未来を本来の姿に戻した。あるべき場所へと導かれた事実に終止符を書いた。
それは世界が歪んだ証拠。それは、少年が“契約”を果たした証拠でもあった。
これにて完結とさせていただきます。




