言い難い歴史の裏側
2014/10/24 投稿
「やっぱやるな」
対峙する女性は別に伝説でも、そこまで名が伝わってはいるが、そこまで有名なわけではない。対する俺も魔法が得意というだけ、それだけの高校生だ。
「言ったでしょう。私とあなたは全力を出しても、ほぼ互角です」
戦いの中に生まれた小休止。さっきまで剣を振り回していた、とは思えない落ち着きを持つ。
「それにしても、あなたはやはり私の後継者ですね」
「何がだ」
「見下ろしている方も居れば、あなたを助けようと魔法を使おうとしている者も居れば、あの方のように堂々と助けに来る方も居る。私も昔は慕われたものですから」
目でそちらを見ると、愛崎礼音がゆっくりとこちらに歩いてきていた。
「そうらしいな」
顔を一度も動かさずにそんなことを呟く。彼女の言う昔は、本当に何百年も前のヨーロッパだ。調べた限り、アリス・カイテラーという女性は、その富と名声と住民の支持で、魔女狩りの被害を逃れたという。アイルランド初めての魔女裁判であり、住民の意識も彼女に傾く状況であったことが幸いらしい。しかし彼女が慕われていたことも、大きな要因だったと言えるだろう。
「別の時代の人間と話すというのは、不思議なものです。未来に行ってみたい、と、あの子に言っておいて、正解だったと思います」
「従者の方が優秀ってのも、どうかと思うけどな」
「彼女の産まれ持った魔法の才能は異常でした。その秘めた素質も恐ろしいものでした。あの子が従者となった頃は、いつ殺されるかと肝を冷やしたのですよ」
宗教裁判にも屈しなかった女性が、身内の従順なメイドに恐れをなしていたとは、なんとも言い難い歴史の裏側だろう。よく考えてみると、当時の歴史のあれこれを解き明かすチャンスではと思う。
「あの子は最後まで私に忠誠を誓ったというのに、滑稽な話です」
元から日本語に違和感がなかったので気にもしていなかったが、この目の前の昔を語る女性はヨーロッパ人だ。聞いていると、さっきより少しずつ日本語がうまくなって来ているというか、俺の発音に近づいてきているような気がする。
「ねぇ祐希。私が助けに来たっていうのに、どうして楽しげに昔話に花を咲かせてるのかな」
何故か呆れた様子の愛崎礼音が、思いっきり戦闘態勢でそこに居た。というのも、ただ体操服を着用しているだけだ。
「ほんとにここ数日の祐希は、何を考えてるのかわからないね」
そんなことを口走ったかと思うと、いきなり彼女はアリスに襲いかかる。アリスは予測していたかのように、一撃をかわして剣を下から振り上げるが、愛崎礼音の反射神経はそれに勝るようだった。それはほぼ一瞬間の出来事。
「人間かよ……」
今の俺は、人のことを言えた義理ではないのだが。
どこまで歴史を信じるのか、人によりますけど。




