見えない契約者の謎
2014/10/08 投稿
別に何に署名をしたわけではないが、俺は何かと契約して魔法を得た。突然に力だけを与えられた形で、全く修練を積んだりという事実はほぼない。春から現在に至るまで、何か異常に見舞われてはいない。だが、違和感はある。
「…………」
あっという間に過ぎ去った文化祭は数日前。それは週末に行われたので、今日という月曜日は代休にあたる。
あまりに魔法が日常になりつつあり、謎の古い起動式を起動してしまっていたことを忘れていた。アリス・カイテラーという人物の名前も、忘却の彼方へと葬り去ろうしてしまったいたほどである。
「のんきなもんだ」
内容の見えない契約書にサインし、その結果として魔法の素質を手に入れ、代償として何を払ったのかまた払わされるのかもわからない。そもそも契約を交わした相手が、アリス・カイテラーであるのかさえも不明である。
アリス・カイテラーとは、魔女狩り全盛期にアイルランドで魔法を研究していた富豪であるらしい。ネット検索しても出ないし、一部の本にしか記載のない人物で、実際に当時は魔女として宗教裁判にかけられたが、その名声と富と民衆の支持が幸いしてイングランドに亡命したそうだ。彼女が不在のまま行われた裁判は有罪判決が下されたが、その訴えを起こした司教が逆に異端とされ同国を追放されている。
当時から魔法使いという存在は居たということだが、彼女自身は興味を持っていたに過ぎず、全く魔法を行使した記録はない。図書館などで調べてみたが、伝えられているのは噂か、訴えを起こした司教が捏造した虚偽の事実だろう。
「そうだとしたら、お前は誰なんだ……」
魔法は生まれつき素質がある者、生まれてから素質を手に入れた者、そして素質を受け継いだ者にのみ、発動可能な現象だが、生まれつき素質が全くない人間の方が稀である。しかし魔法を使うにはある程度の素質、つまり魔力が必要だ。
彼女が魔力を持っていたのか不明だが、噂にも口伝にも何にも魔法を使ったという記録はない。ましてや、他の魔法使いが記録していない魔法をも含めた、魔道書なるものを作ったとは考えにくい。魔法の技術より、魔法という存在そのものに、興味があったのではないかという印象を受ける。
「じゃあ誰が書いた、か」
アリス・カイテラーもしくはアリス・キテラという人物は当時から曰く付きで、好んで名を借りる魔法使いなど居たとは思えない。そうは言っても、実際に彼女を名乗る人物から貰った本があるし、部室には署名入りの魔道書さえも存在する。この二つの違いは、署名の有無だ。
「どうして無い」
アリス・カイテラーを名乗る人物は、何故か名乗りながらも署名の無い本を渡した。筆跡はよく似ているが、俺には同じ人物が書いたのか断定はできない。
「あ、インクの色が」
途中から黒色が少し薄いものに変わっている。そして、ある仮説にたどり着いていた。アリス・カイテラーの署名は、本人のものであると考える。それならば、ほぼ同じ内容またはそれ以上の知識を記した本を書ける人物が、一人だけ居る。
ペトロニーラ・ディ・ミーズ。拷問を受けた末、特に許しを請うこともなく火刑に処されたアリス・カイテラーの召使い。
――――自分はほんのかけだしの魔女にすぎない、アリス夫人ほど力を持った魔女は他にいない。
彼女はそう言い残し、その言葉はアリス・カイテラーもしくはアリス・キテラが魔女であるとする唯一の証言でもある。
「これが、もしかしたら」
この本は、召使いが書いた。ペトロニーラ・ディ・ミーズは、師より詳しく魔法を書き記し、後の世に師の魔法を伝えるためトラップを仕掛けた。カラクリを誤魔化すために、その魔法を書いたページを破り捨てた。
そしてただ一つだった疑問は、二つに分岐する。まずペトロニーラ・ディ・ミーズは何を条件にして、契約の魔法を設置したのか。もう一つは。
「この本を俺に渡したのは、どこのどいつだ」
とりあえず新章です




