和と洋は混じり合っていた
2014/09/10 投稿
夏休み前に試験結果が返された数日後。俺が代々魔法使いの家であるという風里家に呼ばれたのは、そんな夏の長期休暇を目前にした頃のこと。
「お母様があなたと話をしてみたいと言ってるんです」
もう授業は午前中までになっており、ヒマ部に顔を出そうかと思っていたところに教室に風里和佳が押しかけてきた。意味がわからなかったが、愛崎によれば彼女も同じように呼ばれたそうで、風里さんの周りにいる魔法使いがどんな人物か、それを確かめている様子だったとのことだ。
経験者である彼女も説得もあって、風里家の当主であるという風里さんの母に会うことになり、考えていたより洋風の屋敷に招かれた。
「少し待っていてください」
そう言われたが、貧乏人という肩書きは持っているだけで効果を発揮するようで、どうにも落ち着かない。部屋の中を見回しても、特に変わった物は置かれておらず、どうしようもなく最初に案内されたソファーに戻る。
「お待たせしました。和佳、自分の部屋に居なさい」
なんというかこう高そうな扉を開けて、風里さんと共に来た女性は、まだ若そうに見える。部室で見る彼女と同じように長髪で、和服であろう服装がよく似合う人だった。
「あなたが神崎祐希くんね?」
彼女は一室に誰もいなくなったのを確認すると、向かいに座って話し始めた。
代々と続く魔法使いの家の現在の当主。柔らかな雰囲気を感じさせる彼女には、一目見てそういった威厳というものが感じられないと思われた。
「はい」
しかし言葉を交わせば、たった一回で印象はガラリと変わる。言葉に全くと淀みがない。そして柔らかい雰囲気を醸し出しながらも、彼女の言葉からは感情を読み取れない。この対峙した様子さえも作られたものではないとかと疑いを持てるほどに、彼女の見えずに感じられない威厳にただ恐怖した。
「そんなに構えないでください。私はただ和佳の友人の魔法使いに、少し忠告しようと思っただけですよ」
俺は常日頃から得体の知れない人物と会話をする際には、挙動や表情から思考を読まれないように気をつけている。彼女のような格が違う人種には、意味のない事なのかも知れない。
「忠告を受けるようなことをした覚えはありませんし、する予定もないんですが」
「そうですね。神崎くん、あなたは理解していない」
「勿体振らないでください」
彼女はその一瞬感だけ感情を見せた。俺が読み取れないだけ小さな時間だった。
「魔法はとても危険なもの。あなたはそれを理解しながらも、魔法の矛盾に気づいてしまっているはずです」
「全ての魔法を生み出した人物が、同一人物であることですか?」
その様子から何を考えているのかわからない。ただ、そこまで気づいていましたか、と感情の見えない言葉を紡ぐ。
「そうではありません。それと話題をすり替えても無駄です」
「バレてましたか……現代に残っている魔法には、決定的に数百年前と違う点があります。人に害を与えるために使われた魔法もあったはずです。そう言い換えれば、現代には根本的に攻撃を目的とする魔法が何故か存在しません」
何故か表情が明るくなり、にこやかに笑顔を張り付かせる。当主が何を考えているのかは不明であるが、無機質な笑みはそれだけの威圧を受けたように思う。
「それは他人には絶対に口外しないと約束してください」
彼女に首を縦に振って意を示す。元より無闇に口外するつもりもない。
「頭の良い神崎くんに一つだけ聞きたいことがあります」
「まだ何かあるんですか?」
心臓が跳ね上がるのを感じる。一見すれば何ら変わりのない部屋の構図。だが確かに漂う雰囲気が一転するのがわかる。強烈なプレッシャーのような何かに圧迫感を覚えた。
「魔法の創り出す方法についてです」
何も言えなかった。今すぐにでも逃げ出したい。芽生えた感情を抑えることで手一杯なのだ。
「あなたは魔法を創り出す方法を知っていますね?」
「いえ。知りません」
威圧感を感じさえするが、全く魔法の気配は感じない。俺が一人の人間を、ここまでただの人間じゃないと疑うのは史上初めてのことだ。
「その様子だと、もう自作したことがあるんですね。……あなたのために、これだけは忠告しておきます」
相変わらず心の奥底で何を考えているのかはわからないが、彼女は俺を心配しているという感情が見て取れた。いや、その感情だけを見せてくれたんだろう。
「それは世界でただ一人、おそらくはあなたしか知りません。それを誰にも絶対に教えてはなりません」
あなたが魔法を悪用することはないと信じています。彼女はそう付け加えて部屋を去っていく。その姿に先程までの雰囲気はない。例えるなら、ただの友人の母であった。
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