暖話―脊振山―
春風に流れる雲を授業を抜け出し眺めていた。前方には脊振を望み、葉音が心地よく、辺りを春色が包む。
鐘声とともにあいつは屋上へとやって来る。
「やっぱりここか。」
いつもは屈託のない笑顔を見せるのだが、今日はその笑顔がない。
春の訪れとともに俺は心の中が慌ただしくなったのを感じていた。あいつを見るとそれに拍車がかかる。
胸の鼓動は高鳴る。
思いは飛躍する。
「沙耶か」
消え入りそうな声で俺はつぶやく。
「もぅここに来るのも慣れっ子だね。あたしも翔ちゃん迎えにくるの日課になっちゃったな。」
腰に腕を回し微かな笑みを浮かべるがやはり表情が曇っている。
「なあっ沙耶……」
俺の言葉が終わらないうちに沙耶は言った。
「牛島君に告られたよ…」
沙耶の目が潤んでいる。
少し強く吹き付けた風がフェンスん揺らし、陰気な音が虚しく響く。
太陽は雲間にさしかかっている。
「沙耶っ」
俺は沙耶を抱きしめた。
「こうやって屋上にくるようになって、気付いたんだ。好きだよ…」
「馬鹿ぁ」
沙耶は声をあげて泣いていた。俺は後悔した。
―幼馴染み―という繋がり、それを越えるべきではなかったのだと。幼稚園のころから毎日の様に接してきても感じたことのなかったこの気持ち。伝えるべきではなかったのだと。
そして、俺は手を放した。
しかし沙耶はしがみついて離れない。そして泣き声にかすれるような声で言った
「馬鹿ぁ。どうしてそぅいっつも気ままで自分勝手なの?あたしだって今言おうとしたのに。」
沙耶も毎日屋上にくるようになり、春を感じて、思いは同じように飛躍していたのだ。と俺は思った。
「沙耶」
俺が小さく呼び掛ける。顔をあげた沙耶に優しくキスをした。
「馬鹿ぁ、馬鹿ぁ」
そう言って俺に軽くデコピンをして、また顔をうずめる。これだけは、はっきり言える。今の言葉もデコピンの響きも『愛してる』ってことなんだ。
―幼馴染み―という繋がりに加え―恋人同士―という強い繋がりが俺達を結ぶ。もう離れることなんてないだろう。
太陽は雲間を抜け、日の光が眩しい。やわらかい風が肌にあたって気持ち良い。
「帰ろっか」
俺は言った。
「うん。」
沙耶の笑顔を見て、もう一度キスをした。
そして二人で学校を出た。自転車の後ろに沙耶を乗せ、家へと向かう。沙耶はしがみついている。その温もりを感じながら
「結婚するか?」
と冗談を言うと、げんこつをしてきた。きっと『いいよ』ってことなんじゃないかな。俺はほほえんだ。
この小さな、田舎町。どこに行こうと脊振山は大きくすぐそこにそびえ立っている。これからもずっと。きっと俺と沙耶の関係を象徴しているのだろう。
脊振山が深緑に染まるころ、俺達の夏はこれから始まる。
暖話シリーズ、これからも続けたいと思います。良かったら、評価お願いします。




