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常在戦場  作者: 石沢由人
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出会い

ファンタジーものを書くのは初めてなので、拙い点がいくつかあるかと思います。ご注意ください。

常在戦場 1話


 少女が一人、森の中を走っていた。亜麻色の長髪が風にあおられて綺麗に波打っている。顔の方に視線を移すと、まだあどけなさが残っているものの、端正な顔立ちをしている。ちらと見えるおでこに数滴の雫がついていて健康的な溌剌さを感じさせる。この場面が、自然の豊かさをその身に感じ、屈託の無い笑顔で駆け回っていたのならどんなによかったことか。実際は、大きな動物に追いかけられていたのである。

「はあ、はあ」

息も絶え絶えに、それでも己に負けじと走っていた。負けたら食い殺される。後ろの動物は近年発見された新種のパードルという動物で、犬に似ているがその体は犬よりも一回りか二回りほど大きく、筋肉が発達している。さらに、とても凶暴である。

「この辺り一帯は安全って聞いてたのに、嘘つき!助けて神様」

事の顛末を述べよう。この少女は使者の道中、この獰猛な獣に襲われたのである。少女は自国の旅一座のものから安全な道を教わって、そこを歩いていたのだが、なんと進む道の先にはパードルがいるではないか。別の道を通る選択肢も無いこともないのだが、それでは大幅に進路を変えることになるし、なによりそこは戦禍の恐れなどがあり、危険とされている道である。考えた少女は持っていた饅頭をパードルに向かって投げた。相手が饅頭に夢中になっている間に、相手の視界の外に位置取りし、そのまま忍び足でその場を後にしようとした。パードルはもちもちして柔らかくて甘いものを平らげた後、まだ物足りなさを感じ、次は血の通った噛み応えのいい肉だ、という声にならない声をけたたましい咆哮にのせて、少女を追いかけ始めたのである。

 私と後ろのパードルの距離はみるみる縮まっていく。体力ももう限界だ。すると今までの思い出が走馬灯のように脳裏をよぎってきた。平々凡々な人生だったなあ。せめて恋の一つでもしたかったよ、と思いを巡らせ、しまいには自分の死に方に対して、このまま食べられて動物たちのためになるならそれはそれでいいな、うん、ただ死ぬよりもためになる死に方だ、と結論づけていた。なんともよく頭の働く少女である。

その時だ。ザザッ、ザザッ。何だ、後ろから駆け足の音が近づいてくるのが聞こえた。真後ろに迫ってくるパードルのものとは違う。そのもっと後ろからパードルよりもずっと速く私に近づいてくる。しかし、なにやら普通の走る音とは調子が合わない。風で空を切る音も併せて聞こえるのは何故だろうか。そう考えているうちに、気づくとそいつは私の隣を並走していた。顔を見ると、そいつは自分より2つか3つ年上の16か17と見られる少年だった。顔はなかなか整っていて、ギラリと光る目とその下の隈が印象的だ。髪は、男としては平均的な長さの黒髪で、前髪がやや長いか。そう思っていると、

「後ろのやつは君のペットかい」

少年が走りながら尋ねてきた。

「これが追いかけっこしているように見えるの!」

「じゃあ襲われているんだね。助けよう」

そう言ってそいつは振り返り、パードルに向かって右手をかざしたと思うと、

「常能力・拒撥眩回ラクト・ヒューズターナ!」

そう叫ぶと、手の平の先にいるパードルの動きが止まり、次の瞬間、目標物は空中でその身を何回転もさせながら10メートルほど後ろに吹き飛んだ。地に叩きつけられた後、パードルはよろよろと立ち上がり、一目散に元きた道を戻っていった。

常能力ラクト…聞いたことがある。これは“常”能力だ。半世紀ほど前に落馬した衝撃で脳が損傷した青年がいた。青年は意識不明の重体で、すぐさま病院に運ばれ手術が行われた。拙い医療技術しかない中、なんとか青年は峠を越えることができた。その青年が事故の数日後、何の気なしにお見舞いの花に手をかざしたと思ったら、手を触れずにその茎を折った。そこから人間に隠された特異な能力、人間に元から備わっていた能力、常能力が発見されて、戦争中立国であったトランキリート国の学校で研究されてきた。しかしその国はつい3箇月前に中立を放棄してドミーネ国とバルバー国の50年にわたる紛争に介入してきたのだ。

「無事かな」

「なんとかね」

「なら良かった。さて、僕は先を急ぐよ。ドミーネ国王に謁見しなければならないんだ」

「え、あなたもなの。実は私も」

そして少女は宗教大国である自国ブラントがトランキリート国とバルバー国に挟撃されないよう、親ブラント派のドミーネ国に助けを求めに、自分が使者になった事情を伝えた。

「あなたはなんの理由で行くの」

少年は何かを喋ろうとしたようだが、唇が二、三度動いただけで、それきり口を動かそうとしなかった。

「答えたくないなら言わなくていいよ。こっちは助けてもらった恩もあるし、無理には追求しないよ」

「ありがとう」

と一言、少年は気まずそうに答えた。得体が知れないが、少なくとも悪人ではない、ということが、自分を助けてくれたことと、このはにかんだ笑顔でわかった。

 さて、物事が一段落し、次に自分がすべき行動を考えてみる。この道は安全でないことが今しがた分かった。だからといって他の道は行かない。その余裕はない。どうやらこの道を突き進むしかないようである。それには強い護衛がいれば解決する…ところで、この少年は常能力が使える。そこらにいる獣なぞは軽く追い払えるくらいの腕っ節を持っている。この少年なら護衛役にちょうどいい。それになにより、ずっと一人で旅をしてきたので、そろそろ話相手が欲しかった。

「ものは相談なんだけど、お互い目的地が一緒なんだから、二人でそこまで行くっていうのはどう」

「…けど僕と一緒にいると危険だよ。僕には追手がいるんだ」

「そう…構わないよ。私はこの道は危ないってさっきの件で十分わかったし、どっちにしろ似たようなものじゃない。でもあなたといる方が安全な気がするんだけどな。さっきの能力を見ると」

少女はこの少年に追手がいるという事実に驚きながらも、頼んでみた。

「うーん」

「お願い!使命のために何としても行かなくちゃならないの!」

涙に潤んだ目と細く震える声が少年の心の内に頼みごと以外のものを感じさせたことは、この少年だけの秘密である。

「わかったよ。それじゃ目的地まで僕が君を守る。そのかわり君は料理とか宿とか用立てしてくれ。役割がある方が負い目を感じずに済むだろ」

「合点承知の助!よろしくね」

話のわかる少年で助かった。それにしても、あの常能力はトランキリート国の学校の生徒しか使えないもの。もしかしたらスパイかもしれない。この少年の素性をいずれ知る必要がある。…何度も“少年”という言葉を使っていたが、いつまでも“少年”ではおかしい事に気づいた。

「自己紹介がまだだったね、私はピュー」

「僕はフリット」

 そして二人は並んで歩き出した。人は各々の利害だけで行動してもそれらが巧みに作用しあって様々なドラマを描き出す。この二人が今後どんな彩りをもつのかは乞うご期待。



なにかコメントいただけたら嬉しいです。

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