路地裏
生暖かい風が運んできた臭気で、周は意識をゆっくりと取り戻していく。
「ゲホッゲホッ」
周は無意識に身体を起こそうとした。身体全体が重たく痛かった。何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキズキと痛んだ。
薄暗闇の中、周は管球の切れかけた鈍い街灯に照らされながら、何処か見覚えのある路地裏に寝転がっていた。
何とか上半身を起こし、壁にもたれかかる。両手で片膝を立て、呼吸を整える。頭と身体中がまだ痛むが、何処の骨も折れてはいなかった。
倒れたゴミバケツの傍に腕時計が転がっていた。時刻は六時四十一分を指している。
周はふと妹の咲子のことを思い出した。
「サキ……」
その時、もう一人の名前が彼の脳裏を過った。
「……き、京一!」
周の頭に次々とイメージが現れては消えていった。
佐々木りょう。
セントラルパーク。
ウサギのポシェット。
咲子。
駆け出した京一の後ろ姿。
その後を追いかける高校生グループ。
更に高校生グループを追いかける周。
薄暗い裏路地。
高校生に殴られる京一。
大声を上げて向かっていく周。
一撃で伸される周。
周はすべてを思い出した。
「ちくしょう……情けねーな」
彼はひとり苦笑した。そして、もう一度薄暗い路地裏を改めて観察してみた。
大きなゴミバケツ、錆びついたオイル缶、割れた空のビールビン、ワインボトル、破れた生ゴミの袋、真新しい鳥の死骸、倒れたゴミバケツ、それに小さな血溜まり……。
「!!」
血溜まりは鳥の死骸からは距離があったので、鳥の死骸のものではないと周は信じた。
焦りながら彼は自分の身体をもう一度よく調べてみる。
今の周には、この血溜まりが人のものかどうかは分からなかった。しかし、京一のものである可能性は捨てきれなかった。
「京一……」
京一を心配している自分に周は苦笑する。
彼は、話をするつもりでここまで京一を追いかけて来た。明仁のこと、淳のこと、家族のこと、すべてを話すために。今回は何があろうと引かない、京一が納得するまで絶対に引かない、クラスの「暴れ馬」の名に懸けて、そう強く決意していた。
「ちくしょう!! きょういちぃーー!!」
周は自分を鼓舞しながら必死に立ち上がると、壁に手をつき、路地裏から這うように出ていった。