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Children of Sanuma 〜farmer DAICHI〜

作者: momo
掲載日:2026/06/23

 当日券も全てはけた。今宵もライブは大盛況。怒濤の冒頭五曲が終了し、メンバーはそれぞれ飲み物を呷る。

 その間、客席からはIN YOUR FACE!の怒号、大地、大河、朱里、ルアンのそれぞれの名前の絶叫。それらを切り裂くように、大地のMCが始まった。

 「おめら、盛り上がってっかー!」

 無論、いかなる時でも茨城弁である。観客は大歓声。

 「まだまだいぐかんなー! 渋谷の空さ、燃やし尽くすどー!」

 今日のライブハウスは大都会渋谷。しかしどこであっても、大地のMCスタイルは何も変わらない。

 「ほだ。次の曲さいぐ前に、俺の話を聴いてくろ!」

 再び大歓声。

 「俺んぢの庭で作ってるスイカな、……まだ食われた! 今年の犯人はハクビシンだ!」

 怒りに満ちた大地の眼差しに向けられる歓声、……に笑い声が入る。

 「そうだ! 去年はカラス! その前はアライグマ!」

 なぜか雄々しい歓声。

 「俺は毎年毎年一体誰のために、スイカ作ってんだー!」絶叫が会場を支配する。

 「俺はいづになっだら、てめえで作ったスイカ食えんだー!」

 見かねてルアンが次の曲のカウントを取り出す。咄嗟に朱里、大河もリフを刻んだ。

 一瞬なんだべ? とでもいうように大地が不審げに後方を振り返る。

 しかし三人にとっては知ったことではない。ヘヴィメタルバンドとして、いつまでもこんな農業トークをさせておけない。

 しかし観客受けはなぜだか良いのが不思議である。


 次のライブにて。本日は吉祥寺。

 ライブ終盤、曲の合間にやはりメンバーが水を飲んでいるところで、一通り大地が場を盛り上げた後、話を切り出す。

 「あのな。……昨日、事故った」

 唐突に大地が真剣な面持ちで語り出した。

 マジか! 大丈夫か! 等々の心配の声が客席から上がる。それにしてはここまでずいぶん元気いっぱいにライブをやってきたものだ、という疑念も抱きながら。

 「おれんちの田んぼの畦道さ、軽トラで走ってだら!」

 また農家トークか、と客席からは笑い声。

 「シラサギに激突くらったー!」

 爆笑が広がる。

 「シラサギ! でけえんだ、あいづ! 子どもぐれえの大きさあっかんな! そいづが、俺の軽トラさ激突してきだー!」

 その隣で朱里がぱっと後ろを向き、肩を震わせた。

 ーー朱里が笑っている! ポーカーフェイスの朱里が! 客が気づいて指を差し、歓喜の声を上げる。

 ーー朱里! こっち向いて!

 ーー朱里、笑顔見せて!

 「そのくせ……」まだ大地のMCは続く。「シラサギのやろ、なんでもねえ面して飛び立っていったー! 大丈夫なのが、おめー! 軽トラ結構衝撃だったどー!」

 なぜか天を仰ぎながら絶叫する大地。

 ルアン即座にカウントを入れる。慌てて朱里は笑いを必死にこらえた赤い顔のまま正面を向いて、ギターを弾き始めた。

 ーー朱里、やっぱり笑ってた! 客は拳を突き上げて喜ぶ。


 さらにまたその次のライブにて。本日は新宿。

 対バンは今関西を中心に活動をし、勢いのあるBLACK SNAKEというバンドである。

 前半の曲を終え、大地はちら、とおそらくは舞台袖にいるのであろうBLACK SNAKEのメンバーを横目に見た。

 「ほだ。……俺がこの前、畑さ出でだ時に」

 ーーまた、始まった。いつもの農家MC。客席からは早速失笑が漏れだす。本日初見も多いBLACK SNAKEファンは、何を言い出すのかこの男は、というように不審げに大地を見ている。

 「カボチャ取ろうと思って蔓引っ張ったら!」

 すう、と大地は息を吸い、

 「アオダイショウだったーーーー!」

 客席が沸く。

 「俺、人生であんなにでけえ声出たことねえ! 今までのどのライブよりも! でけえ声出た! 今よりもだーー!」

 大河が頭を抱える。朱里は後ろを向く。ルアンは次の曲に入ろうとカウントを取る。

 

 この農家MCがIN YOUR FACEの名物となりつつある。

 海外メタルファンは不思議でならない。

 どうしてメタルバンドがライブの最中に農業について語るのか。語らざるを得ないのか。時には生真面目な考証さえ行われる。

 メタルも農業も生命との対話。

 だからこそ大地はMCで毎度のように農業についての体験を語っているのではないか。

 ……そんなわけはない。


 しかし大地自身はフロントマンたる自負を抱いて、真面目にMCをやっているつもりであった。

 ふざけてやろう、などとは思ったこともない。メタルで重要な怒り、それを表出しようとしたら全て農業に辿り着いただけのことである。

 ある日のライブで、

 「昨日、うぢに友達が来たんだ。そいづとはガキの頃からの付き合いだ」大地が語り出す。

 今度は心温まる友情ストーリーかと思いきや、

 「夜まで喋くって、さて帰るべってなった時に思いついた。ほだ、うぢのうんめえ白菜くれてやろうってな」

 やはり農業スタイルか、客の間に笑いが静かに広がる。

 「ほんで友達連れて、夜、懐中電灯さ持っで畑行った。ほしたらだ! 通報されて警察さ来た! ここはおれんちの畑だーー!」

 絶叫する。

 「盗難流行ってるとか知らねー! おれが種から丹精込めて育てた白菜だべー!」

 朱里、やはり後ろを向いて肩を震わせている。

 ーー朱里が、また笑った!

 ーー大地もっとやれ!

 朱里ファンからは妙な応援さえ出てくる。

 大河は顔を赤らめて項垂れている。なぜメタルバンドのMCが毎回農業絡みなのか。大地の生活を見ていれば、わかる。基本的には音楽か農家なのだ。大地にとってそこに境はない。


 次のライブ。本日はつくば。

 「おめら! 盛り上がってっかー! 茨城さ帰ってきたどー!」

 いつもの絶叫の後には当然いつものMCが始まる。

 「ああ。ふるさとはほっとすんな! そういや、うぢの庭になってる柿な……」

 そう唸るように言ってなぜだか客席を睨む。

 「今年から、突然渋柿になったー! こら、とんでもねえ自然界のトラップだべー!」

 茨城県民ばかりの客席はさすがに慣れてくる。笑いつつも、

 ーー嘘だろ?

 ーーそんなことあるのか?

 そんな声が起こる。

 「疑ってんな? 本当に去年までは甘かった。ばあちゃんに聞いでみろ。ばあちゃん自慢の柿だった。あ? 俺が嘘言うど思うが? 昨日食って、すっぺくって即吐き出したべ! あいづ、赦せん! ばあちゃんと俺と騙くらかしやがって!」

 怒りのまま次の曲へ入る。一応、コンセプトは合致している。

 

 やがて、毎回のように農業に関連した大地のMCは話題となっていった。

 SNSではファンによるライブの感想と共に、MC紹介にも言及されていく。ある日異変が起きた。

 東洋農業新聞から、大地へのインタビュー依頼が舞い込んできたのである。

 何よりも喜んだのは長年の愛読者である父であった。

 毎日隈なく読んでいる。農政から最新の工具情報、台風情報まで、農業に関するほぼすべての情報源と言っても過言ではないのである。

 息子がヴァッケンに出場した。しかしその価値は正直よくわからない。しかし東洋農業新聞の記事になることの重みは重々承知している。一言でいえば、日本の農業の期待の星、日本の農業の光明たる、ということである。我が息子が、日本の農業を背負って立つ人材となる。

 父はほとんど感涙した。

 なぜそのようなことになったのかはわからない。

 でも東洋農業新聞記者がやってくるとなると、父は大統領と天皇陛下が一気に家にやって来たような歓喜と興奮で出迎えた。

 インタビュー当日。待ちきれずに父は庭で大地と共に到着を待った。

 そこにやってきたのは、中年の人当たりの良さそうな男性であった。

 「これはこれは。この度はうぢの息子が大変お世話になりますです」無理に茨城弁を抜こうとすれば日本が崩壊するのは、下妻の年輩者にはよくある話である。

 記者から名刺を渡され、「東洋農業新聞」のロゴに感動する。「おお」

 隣で大地はほとんど不審げに父親を見た。

 「さあさ、まずはおらんぢの自慢の梨畑を見でもらいましょう」

 そういう手筈となっていたのである。

 「さあ」と開けた軽トラには、近所の布団屋で買った高級座布団が敷き詰めてあった。無論記者を乗せるため、わざわざ父が買い込んできたのである。

 「おめはチャリで来い」

 父は大地にそう言い放つと記者を乗せていざ梨畑へ向かった。

 とはいえ数分もかからない。

 記者は梨畑に招き入れられ、力強く張り巡らされた枝を眺めた。

 「これはこれは随分手間をかけていますね。光の入り具合もすばらしい」

 「いや、やっぱわかりますかね。そうですか。わかっちまいますかね」父は憧れの記者より早速褒められ顔を真っ赤にしている。

 「草刈りも見事になされている。これは肥料もしっかり行き届きますな」

 照れてJAの帽子を脱いで頭を撫でる。

 「これは大地さんとお父さんの力作ですね」

 「まあ、倅は高校時代からずっとうぢの手伝いささしてますからね。よう仕込みましたよ」

 そこに自転車を漕いで大地が到着する。

 「おお来た来た。ほっだら何でも聞いてやってください。いやあ、かの東洋農業新聞さ載るなんて夢みてえだもの!」

 早速記者からは大地にいくつかの質問がなされた。

 「いやあ、美しく剪定されて地面も行き届いていますし、本当に素晴らしい梨畑です。これでは道の駅でも人気だというのが頷けます。大地さんはいつから農業をやろうと思われたんですか?」

 「そうですねえ」大地はしばし考え込む。

 「よく覚えちゃいねえんですけど、物心ついた時には農家やるって決めでました」

 「すごいですね。そのきっかけは、覚えていらっしゃいますか?」

 「幼稚園が休みとなると、いづもここに親父と母親に連れられてきてまして。夏は蝉取りしたり、採り立てのうんめえ梨食わしてもらったりして、そんで大きくなってもここで遊ぶぞって思ったのが最初ですかね」

 「遊ぶ?」

 「親父は遊んでると思ってたんですよ。だって剪定すんのも、袋かけるのも、農薬ぶっかけんのも、草刈りすんのも、ラジオ聞いたりそれと一緒んなって歌ったり、何もかも楽しそうにやってましたから」

 「ほうが?」父が驚いたように言った。

 「ほだっぺよ。おれが父ちゃんが畑で仕事してるって知ったのは、小学校入ってからだべ」

 「なにぃ?」

 「だってよ、他の父ちゃんはスーツさ着て真面目な顔して朝会社行くのに、父ちゃんはジャージで畑で歌ってうめえ梨喰ってんだもん」

 父は頭を抱える。「ほっだらごと今聞いたべ」

 「おれは幼稚園時は自分のこど、下妻一の蝉取り名人だって思ってて、このまま大きくなってもここで蝉取りできたら最高だっぺって思って、ほんで父ちゃんみてえになるって俺はちっちぇえ頃から豪語してたんですよ」

 「たしかにおめ、蝉取り大好きだったなあ。……虫かごぎゅうぎゅう詰めになるまで捕るから、ミンミン、ジージーうるせえのなんのって。そんで母ちゃんによぐ怒られてたなあ」

 「ほだ。だから蝉取りするために、梨畑やろうって決めたんですよ」

 「蝉取りのために」記者がくつくつと笑いを殺しながら言う。

 「ほだ。……あとやっぱ梨が最高にうめえかんな。夏のおやつはまいんち、梨。でも一度も飽きたことはねえです。これを食うためにも農家が一番だなって思いました」

 「ライブのMCでは毎回のように農業について触れていらっしゃるのは、やはり農業を広めようといったような意図があるんですか?」

 「意図もなんもねえすよ。自分のこと話すべってなったら、音楽か農家しかねえんで。そんで、農家はまいんち色々おもしれえこととか腹立つことがいっぱいあんですよ。天気だの害獣だの、そらもう、理不尽なこと満載で」

 「そうですねえ」記者も深く頷く。「それが農業の面白いところでもあり難しいところでもあります」

 「そうそう。だから思わず口を出るんですよ。せっかく育てた作物、ハクビシンにやられたら腹立って、でけえ声で叫びたくなるじゃねえですか」

 記者は笑った。「そういうことなんですね。そしてそれが今、若者の間でも大きな話題となっています」

 「そうなのか?」今更知った父親が不審げに尋ねる。「農業が、若者に?」

 「ヘヴィメタルバンドのボーカリストが農業をされ、なおかつライブのたびにそれをアピールされているということで、若者にも農業の魅力が伝わりつつあると評判です」

 「本当か?」さらに父親は驚いて頓狂な声を上げる。

 「ええ。SNSでは大地さんのMCが大変な話題となっています。それをきっかけに、ファンの方々が聖地巡礼として下妻を訪れ、道の駅で大地さんの農作物を買われているとも聞きました。売れ行きも非常によいと」

 たしかに。父は納得する。

 道の駅に自分たちで卸した農作物の売り場に、「平野大地さんが作りました」という写真付きポップを店から貼ってみろと言われ実行してみたところ、どれもこれもものの半日で完売する事態となっていたのである。それまでは売れ残りなどもあって、それが晩御飯の食材となることも珍しくはなかったが、「平野大地さんが作りました」の掲示以来そういったことが絶無となっていた。若者が作ったから物珍しいのだろう、ぐらいに思っていた父はSNSという未知のPRの威力に戦いた。

 「ありがてえことです」素直に大地は頭を下げる。「とはいっても、俺はSNSでは農業のことは言ってねぐって、ファンの人たちがそういうの書いてくれて、そんで下妻の農産物に注目してくれるようになって、本当にありがてえ限りです」

 「これから音楽と農業とを、並行して続けられていかれる予定でしょうか?」

 「もぢろん。どっちも全力でやっていぐ。結構似てんですよ。音楽と農業。どっちも準備が大事。結果のライブと収穫はほんの一瞬。だけどそれに向かってどう努力したかが全部綺麗に表さ出てぐる。手抜けばそれなりの結果。見えねえ努力でもきちんとすらあ、いい結果で出てくる。だから面白ぇ。そらあ、海外さライブ行ぐとなったらそら、何日かは農業できねぐなるし、そん時は親父に頼むしかねえけど、ライブ夜までやってもその翌日朝から田んぼ畑にいるのは普通だし、ヴァッケン帰って来て翌日、普通に梨の肥料蒔きやってましたから」

 「すごい体力ですね!」素直に記者は驚嘆する。

 「小っちぇえ頃から梨畑で走り回ってたから、体力だけは自信あります」

 うんうん、と父も頷いた。

 「ガキの頃はちっともじっとしてねえで、一日中ここで走り回って蝉取りだ木登りだしてましたから」

 「それがパワフルなライブにも現れているんでしょうね」

 「ほがもしんね」大地は笑った。

 それからは大地が脚立に上って枝の剪定をしているポーズだの、芝刈り機を動かしているポーズだの、色々な場面を写真に撮ってその日は終わった。

 翌週のことである。いよいよ大地の記事が農業新聞に掲載された。

 父がJAに大量注文をしていた新聞が家に届けられる。

 「IN YOUR FACEボーカリスト大地さん農業を語る」

 一面の半分を占める記事に、父は瞠目し、それから唸った。やはり、今更ながら自分の付けたこの「大地」という名前が効いている。農業新聞にぴったりだ。この日のために大地と命名したのだ。きっとそうに違いない。農家にとって一番大切なのは、なんと言っても土。つまり大地。よくやった。最高の命名だった。一人うんうんと頷く。

 そしてまず一部神棚に上げる。父は基本的には大切だと認識されたものは全て神棚に上げる。メルセデスの鍵然り、大河がとって来たオール5の通知表然り。おかげで神棚は神様が窮屈な思いをするぐらいに雑多な趣となっている。そしてもう一部は額縁に入れて仏間に飾る。先祖代々の写真と同等である。そしてもう一部を保存用としてアルバムに貼る。と、一通りやった後は親戚、近所に配りに行った。

 一通り回るところを回って帰ってくると、「世界一の親孝行者だべ」満足そうに茶を啜った。

 さすがに大地は照れる。

 成績優秀かつ品行方正な大河ならまだしも、まさか自分が父に讃嘆されることになるとはついぞ考えたこともなかった。ライブで農業MCを繰り返したことが、こんな形で父を喜ばせることになるとは。今度父をライブに招待してみよう。そんなことを思いなした。

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