【結末】
広場に沈黙が落ちていた。
数千の視線が、壇上の老人に注がれている。
デルガは台本を閉じた。
紙の擦れる音が、やけに大きく響く。
彼はゆっくりと顔を上げた。
「本日の断罪は――」
一拍。
「中止する」
言葉は、驚くほど穏やかだった。
だが広場は一瞬でざわめきに包まれる。
「は?」
「どういうことだ」
「前代未聞だぞ」
困惑。
不満。
失望。
物語を期待していた観衆の熱が、宙に浮く。
王子アルベルトは座したまま、動かない。
否定もしない。
命令もしない。
それが答えだった。
リリアナは小さく微笑む。
「よかったわね」
レイアはきょとんと首を傾げた。
「ちゅうし?」
「今日は、なにもしない日よ」
「そっか!」
その声は、弾む。
罪人の声ではない。
ただの、五歳の声だ。
デルガはそれを聞きながら、ゆっくり壇を降りる。
観衆のざわめきはまだ続いている。
だが、爆発はしない。
怒号も暴動も起きない。
ただ、不完全燃焼の空気が残るだけだ。
それは、断罪という“祭り”が、
初めて成立しなかった瞬間だった。
【エピローグ】
夜。
王城は静まり返っている。
執務室の灯りだけが残っていた。
デルガは椅子に深く腰を下ろす。
机の上には、今日の台本。
整えられた罪状。
完璧な構成。
だが一行も読まれなかった。
彼は目を閉じる。
断罪は、自然現象ではない。
嵐ではない。
地震でもない。
人が作る。
導線を引き、
摩擦を起こし、
感情を煽り、
役割を与え、
物語にする。
それを設計していたのは、誰だ。
——私だ。
自覚は、遅れてやってくる。
彼は初めて、自分の職能を疑った。
自分は秩序を守ってきたのか。
それとも、
若者の未熟さを、
物語として消費してきただけなのか。
窓の外を見る。
庭が月明かりに照らされている。
小さな花が、風に揺れている。
昼間、レイアが植えていた苗だ。
倒れずに、まっすぐ立っている。
五歳の手で植えられた花。
そこに悪意はない。
そこに物語もない。
ただ、芽吹こうとしている命があるだけだ。
デルガはゆっくり息を吐く。
今日、彼は一つの断罪を止めた。
だが同時に、
自分の中の何かが、静かに崩れ始めた。
鐘が遠くで鳴る。
深夜を告げる音。
宰相デルガは、机の灯りを消した。
暗闇の中で、彼は思う。
——制度は、自然ではない。
ならば。
それを終わらせるのもまた、
人なのだ。
第一話 終。




