【幕3】公開準備 ――形式だけの断罪
王城は、もう動いていた。
広場には仮設の壇が組まれ、
王家の旗が掲げられ、
町では屋台の準備が進む。
断罪式は、国民娯楽である。
涙があり、喝采があり、
最後には秩序が戻る。
そういう“物語”を、皆が期待している。
デルガは執務室で罪状案を並べていた。
・無礼
・嫉妬未遂
・将来の脅威
どれも文章としては整っている。
「王族に対する態度の軽慢さ」
「ヒロインに対する潜在的嫉妬」
「将来における政局不安要素」
書ける。
理屈は通せる。
だが紙の上でだけだ。
(空虚だ)
五歳に無礼も嫉妬もない。
将来の脅威など、
未来を恐れる大人の想像にすぎない。
それでも、式は進む。
止める理由は、まだない。
デルガは王子のもとを訪れた。
会議室は夜で、灯りは少ない。
王子アルベルトは窓際に立っていた。
「準備は整っているか」
「……形式上は」
王子は振り返る。
「無理にやる必要はない」
静かな声。
デルガはわずかに眉を動かす。
「ですが制度は」
「制度は人が作った」
短い言葉。
会議室に沈黙が落ちる。
デルガは初めて、その言葉を重く感じた。
制度は自然ではない。
山や川のように存在するものではない。
誰かが設計し、
誰かが維持し、
誰かが演出している。
「あなたが止めれば、止まる」
王子は続ける。
「だが止めた責任も、背負うことになる」
デルガは答えなかった。
責任。
彼は長年、断罪を成立させてきた。
成功も失敗も、すべて演出の範囲内だった。
だが今回は——
演出する中身がない。
公開当日
広場は人で埋まっていた。
ざわめき。
期待。
屋台の匂い。
「今回はどんな悪女だ?」
「五歳らしいぞ」
「冗談だろう」
笑いが混じる。
壇上に、レイアが立つ。
小さな靴。
大きな視線。
隣にはリリアナがいる。
ヒロインというより、祖母だ。
心配そうにレイアの肩に手を置いている。
王子は上座に座り、
表情を変えない。
デルガは台本を持って壇上へ上がる。
紙は完璧だ。
起承転結。
罪状の提示。
証言。
判決。
これまで何十回と繰り返した流れ。
観衆が静まる。
デルガは口を開く。
「本日——」
声が止まる。
紙を見下ろす。
“無礼”
その文字が、やけに大きい。
顔を上げる。
レイアがこちらを見ている。
不安でも、怯えでもない。
ただ純粋な疑問。
小さな声が届く。
「デルガさま、きょうなにするの?」
その一言で、空気が変わる。
彼の胸の奥で、何かが崩れる。
断罪は、自然に起きるものではない。
嵐のように発生するものではない。
誰かが構図を描き、
誰かが役を与え、
誰かが物語に押し込む。
若さの衝突を、
嫉妬の炎を、
未熟さの爆発を、
整えてきた。
——自分が。
今ここで起ころうとしている断罪も、
自然ではない。
五歳の子どもに
「悪役」という役を与えようとしているのは、
自分だ。
ざわめきが広がる。
沈黙が長い。
王子は何も言わない。
リリアナは静かにレイアを抱き寄せる。
デルガは紙を閉じる。
その動きが、やけに重い。
彼は観衆を見渡す。
期待の顔。
物語を待つ目。
だが今日、
物語はない。
彼はゆっくりと息を吸う。
そして、口を開く。
——。
幕3 終。




