【幕3】カイの態度
王城の一室。
窓は閉ざされ、外の喧騒は遠い。
カイは机に片肘をつき、資料を眺めていた。
ノックもなく、デルガが入る。
「お時間を」
「どうぞ」
声音は穏やかだ。
まるで問題など存在しないかのように。
「再現映像について説明を」
デルガは単刀直入に言う。
カイは微笑んだ。
「誤解ですよ」
資料を一枚めくる。
「再現と明示していなかったのは、演出上の判断です」
「明示しなかった」
「ええ」
軽い。
あまりにも軽い。
「本質的な罪は事実です」
視線がまっすぐに向く。
「横領はあった。資金の私的利用も事実。映像はそれを“理解しやすく”しただけです」
論理は成立している。
事実はある。
だが。
境界が曖昧だ。
「観衆は、あれを実証映像だと受け取った」
デルガの声は低い。
「受け取り方は、こちらが完全には制御できません」
さらりと言う。
沈黙。
デルガは問う。
「どこまでが事実で、どこからが演出だ」
カイは一瞬、考えるような素振りを見せる。
だが答えは迷いがない。
「それは本質ではありません」
デルガの視線が鋭くなる。
「真実は退屈です」
カイは続けた。
「民衆は“理解しやすい構図”を求めます。善と悪。裏切りと被害。感情の流れ」
指で空中に線を描く。
「複雑な事実は、伝わらない。伝わらなければ意味がない」
「だから脚色するのか」
「多少の脚色は、秩序のためです」
迷いのない合理。
「それを捏造という」
デルガは言い切る。
カイは首を横に振る。
「違います。“整理”です」
その言葉に、初めて冷たいものが走る。
悪意はない。
罪悪感もない。
彼は本気で、最適化している。
感情を。
怒りを。
国を。
「あなたは倫理より効率を選ぶ」
デルガが言う。
カイは即答する。
「秩序が保たれるなら、私は迷いません」
その目は澄んでいる。
だからこそ、怖い。
――広場。
昼下がり。
いつものように断罪の話題で賑わっているはずだった。
だが空気が違う。
「なあ、あの映像……」
「再現だったって本当か?」
「いや、でもあいつは悪だっただろ?」
「でも証拠は?」
若者たちが言い争っている。
これまでなら、笑いと熱狂があった。
今は疑念が混じる。
「騙されたのか?」
「違う、必要だったんだ」
「必要ってなんだよ」
声が荒れる。
怒りの矛先が定まらない。
炎はまだ灯っている。
だがその色が変わり始めている。
熱狂の赤から、疑念の橙へ。
断罪は正義だった。
正義だから燃えた。
だが。
もしそれが脚色なら。
もし演出なら。
炎は“信頼”に支えられていたと、誰もが気づき始める。
信頼が揺らげば。
炎は別のものを焼く。
王城の窓辺。
デルガは遠くの広場を見下ろす。
声はまだ小さい。
だが確実に、質が変わっている。
(炎は、信用で燃えていた)
カイの言葉がよぎる。
“整理です”
整理された怒りは美しい。
だが。
整理しきれなかった疑念は、醜い。
デルガは初めて確信する。
断罪は制度の問題ではない。
演出の問題でもない。
これは――
信頼の問題だ。
そして信頼は、一度ひびが入れば、
音もなく広がる。
幕3、終了。




