【幕2】王の相談
夜の謁見室は、灯りを落としていた。
広間は広い。
だが今は、その広さが重さになっている。
玉座の前に立つのは、王ではない。
王子アルベルト。
まだ若い。
だがその背に、国が乗っている。
扉が静かに開く。
「お呼びですか」
デルガが入室する。
足音が石床に吸い込まれる。
王子は振り向かないまま言った。
「噂は知っているな」
「はい」
短い返答。
それだけで十分だった。
しばらく、沈黙。
やがて王子は歩き出す。
「支持率は七十八。過去最高だ」
窓の外には、まだ断罪の旗が揺れている。
「経済効果も出ている。商人は潤い、劇団は増え、広場は連日満員だ」
数字は成功を示している。
「若者の不満も抑えられている。怒りを吐き出す場がある限り、街は静かだ」
事実だ。
断罪は――
国の安定装置になっている。
だが。
王子はそこで止まる。
「だが信頼を失えば、暴動になる」
声は低い。
重い。
デルガは答えない。
王子は続ける。
「これはカイの失策か」
一拍。
「それとも制度の副作用か」
デルガはゆっくりと顔を上げる。
「……両方かもしれません」
再び沈黙。
王子の視線が、遠くを見つめる。
「断罪を止めれば、熱は爆発する」
今さら止めることはできない。
群衆は慣れてしまった。
怒りを消費する快楽に。
「続ければ、信頼が削れる」
疑念はまだ小さい。
だが、広がれば――
正義は茶番になる。
王子は静かに言った。
「どちらを選んでも、傷は残る」
それが政治だった。
デルガは一歩前に出る。
「断罪は今、“感情市場”になっています」
王子が視線を向ける。
「市場は熱で回る。熱狂で、人は金を払い、声を上げ、参加する」
広場の炎。
音楽。
涙。
叫び。
「ですが市場は、信用で支えられています」
言葉を区切る。
「信用が崩れれば、熱は怒りへ変わる」
王子の指先がわずかに強ばる。
「しかも今度は――」
デルガは、はっきりと言った。
「王に向きます」
静寂。
重い空気。
外からかすかに歓声が聞こえる。
断罪はまだ続いている。
王子はゆっくりと息を吐いた。
「……国が崩れる可能性があると?」
デルガは初めて、その光景を具体的に思い描く。
広場に立つ群衆。
炎。
怒号。
だが壇上に立つのは、令嬢ではない。
王家の旗が燃える。
“欺いたのは誰だ”
その矛先。
制度は、操る者を守らない。
信頼を失った瞬間、
怒りは制御不能になる。
「可能性は、あります」
静かな断言。
王子は目を閉じる。
成功。
安定。
支持率。
すべてが今は順調だ。
だが土台が揺らいでいる。
止めれば爆発。
続ければ腐食。
政治とは、正解のない選択。
王子は低く言う。
「……どうすればいい」
それは命令ではなかった。
相談だった。
デルガは答えを持っていない。
だが一つだけ、確信している。
炎は放置すれば広がる。
消せば煙が立つ。
ならば――
制御するしかない。
その難しさを思いながら、デルガは静かに口を開いた。
幕2、終了。




