第7話「捏造の香り」 【幕1】ほころび
断罪から三日後。
王都の空気は、わずかに湿っていた。
祝祭の残り香はまだ街角に漂っている。
だがそれは、甘さよりも――焦げた匂いに近かった。
夜の酒場。
木製の卓を囲む男たちの声は、以前のような熱狂ではない。
「なあ、あの証言……」
低い声。
「映像、妙じゃなかったか?」
杯を持つ手が止まる。
「証人の台詞、前回と似すぎてる」
笑いは起きない。
代わりに、沈黙が落ちる。
誰も大声では言わない。
だが確実に、疑念は広がっていた。
――“あれは、本当に事実だったのか?”
断罪はこれまで、怒りの祭典だった。
怒りは単純で、明快で、快楽を伴った。
しかし疑念は違う。
それは静かに広がる。
燃え広がる炎ではなく、
床下を這う煙のように。
今回断罪されたのは、若い伯爵令嬢。
罪状は明確だった。
慈善資金の横領疑惑。
孤児院への寄付金を私的流用。
舞台では再現映像が流れた。
金庫。
密談。
涙を流す孤児。
証言者は震えながら語った。
「私は……見ました」
観衆は怒り、叫び、断罪は成功した。
支持率は上がった。
だが三日後。
王城・内部監査室。
重い報告書が机に置かれる。
デルガは黙ってページをめくる。
――再現演出映像の一部が、
実証資料として編集されていた。
映像は“再現”だった。
だが字幕は“証拠”のように構成されていた。
さらに。
証言者に対し、
謝礼金が支払われた記録。
金額は小さい。
違法とは断定できない。
だが。
“匂い”がある。
デルガは目を閉じる。
(これは……危うい)
捏造ではない。
しかし、誤認を誘導している。
事実を削り、
感情を盛り、
構図を作る。
観衆はそれを“事実”として消費した。
問題はここだ。
もし民が気づけば。
断罪は――
“正義”から“詐術”へ転落する。
窓の外では、まだ断罪の旗が掲げられている。
赤と金の巨大な布が、夜風に揺れる。
その下で、若者たちが笑っている。
彼らはまだ疑っていない。
だが。
疑念は、確実に生まれている。
デルガは報告書を閉じた。
炎は大きくなりすぎた。
だが、火事を起こすのは炎ではない。
――信頼の崩壊だ。
彼は静かに呟く。
「正義は……信じられてこそ正義だ」
机上の蝋燭が揺れる。
火は小さい。
だがその揺らぎが、
今の王都そのもののように見えた。
幕1、終了。




