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悪役令嬢断罪請負人デルガ  作者: 南蛇井


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2/19

【幕2】導線設計 ――作れない悪意

デルガは机に向かっていた。


王国地図ではない。

軍備報告でもない。


五歳の行動予定表である。


起床。

朝食。

庭遊び。

昼寝。

読み聞かせ。


……戦略的価値、皆無。


だが彼は本気だった。


(断罪は感情の摩擦から生まれる)


ならば摩擦を作ればいい。


ほんの小さな誤差でいい。


人は、きっかけさえあれば対立する。


彼は侍女を呼んだ。


作戦① お菓子事件


「ヒロインの焼き菓子を用意せよ」


「はい、宰相様」


「そして、レイア嬢が横取りした形にする」


侍女は一瞬だけ瞬きをしたが、慣れている。

断罪とはそういうものだ。


午後の応接間。


テーブルに並ぶ焼き菓子。


七十五歳のヒロイン、リリアナが穏やかに座っている。


そこへ、レイアが駆け込んできた。


「あまいにおい!」


デルガは柱の陰から見守る。


レイアは皿を見つめ、

ひとつ手に取る。


——よし。


しかし次の瞬間。


「おばあちゃま、はんぶんこ!」


ぱきん、と綺麗に割る。


小さな手で差し出す。


リリアナは目を細めた。


「まあ、優しい子」


「おいしいね!」


「ええ、おいしいわね」


二人は笑う。


何も起きない。


柱の陰で、デルガは静止していた。


(悪意が芽吹かぬ……)


予定では、

「それは私のものよ」という小さな諍いが生まれ、

周囲が誇張し、

やがて“横暴な令嬢”の印象へと繋がるはずだった。


だが芽は出なかった。


土が良すぎる。


作戦② 庭園破壊未遂


数日後。


王城庭園。


蝶が一匹、ひらひらと舞う。


レイアが追う。


「あ、まって!」


花壇へ踏み込む。


デルガは遠くで腕を組んだ。


(踏み荒らせ)


靴が柔らかい土を踏む。


花が傾く。


——成立。


だがレイアは立ち止まった。


「あっ」


小さく声を漏らす。


しゃがみ込み、

倒れた花を両手で支える。


「ごめんね」


土を寄せ、

ぺたぺたと押し固め、

近くのじょうろを持ってくる。


水をかける。


「なおった」


リリアナがゆっくり歩いてきた。


「この子は土いじりが好きなの」


「はなさん、げんき?」


「ええ、元気よ」


蝶はどこかへ飛んでいった。


デルガは腕を下ろす。


(未遂ですらない)


破壊を期待した自分に、わずかな疲労を覚える。


作戦③ 陰口誘導


最後は言葉だ。


五歳でも、刷り込みは可能。


庭のベンチ。


レイアの隣に腰掛ける。


「レイア嬢」


「なあに?」


「ヒロイン様は、お年です」


「うん?」


「邪魔ではありませんか?」


静かな問い。


悪意の種。


レイアはしばらく考えた。


そして、にこりと笑った。


「おばあちゃま、だいすき」


——完敗。


デルガは微笑を保ったまま、

心の中で小さく崩れ落ちた。


五歳の世界には、

比較も競争もない。


あるのは、

好きかどうかだけだ。


重要シーン:観察


午後。


庭は静かだった。


レイアはしゃがみ込み、

新しい苗を植えている。


土に指を入れ、

真剣な顔で。


少し離れた木陰では、

リリアナがうたた寝をしている。


日差しが柔らかい。


遠くの回廊を、

王子アルベルトが足早に通り過ぎる。


政務へ戻るのだろう。


誰も怒っていない。


誰も争っていない。


誰も奪おうとしていない。


デルガは立ったまま、

その光景を眺める。


胸の奥に、奇妙な空白が生まれる。


(物語が、ない)


断罪とは、

衝突の結果ではなかったか。


嫉妬。

誤解。

野心。

焦燥。


そうした熱がぶつかり、

爆ぜる瞬間を裁く儀式。


だがここには、

熱そのものが存在しない。


あるのは、

土の匂いと、

柔らかな午後だけだ。


レイアが振り返る。


「デルガさま!」


小さな手を振る。


「はな、さくよ!」


デルガは一礼する。


その笑顔に、

罪状は見当たらない。


彼はゆっくり息を吐く。


導線は引ける。


そう思っていた。


だが今、初めて気づく。


導線の先に、

何もない。


幕2 終。

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