第5話「新世代の演出家」【幕1】新星の登場
王都の大広場に、再び舞台が組まれていた。
しばらく見なかった光景だ。
高く掲げられた旗。
中央に据えられた演台。
左右に並ぶ楽団。
そして、わずかに張りつめた空気。
誰かが意図的に“緊張”を配置している。
群衆はすでに集まり始めていた。
「断罪だって?」
「久しぶりだな」
「誰が落ちるんだ?」
声は軽い。
だが目は期待に光っている。
デルガは広場の端に立ち、その様子を見つめていた。
違和感がある。
舞台の高さ。
旗の色。
音の配置。
群衆の視線の流れ。
すべてが、計算されている。
やがて楽団が低く音を鳴らす。
ゆっくりと、壇上へ一人の男が歩み出た。
若い。
二十代後半。
整った顔立ちに、柔らかな笑み。
若手宰相候補――カイ、二十七歳。
彼は群衆を見渡す。
その目は観察者の目だ。
裁く者ではない。
演出家の目。
一瞬で広場の温度を測り、呼吸を合わせるような視線。
(……慣れている)
デルガは思う。
あれは政治家の立ち方ではない。
舞台人の立ち方だ。
カイは軽く一礼し、口を開く。
声はよく通る。
響きが計算されている。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
柔らかい。
だが、場は一瞬で静まった。
頭脳明晰。
演説が巧み。
群衆心理を熟知。
流行と空気を読む感覚。
彼は時代の匂いをまとっている。
やがて断罪対象が紹介される。
“悪役令嬢”。
だが読み上げられる罪状は軽い。
・社交場での無礼
・過度な発言
・婚約者への配慮不足
致命的ではない。
それでも、カイは語り口を変える。
証言は、物語のように並べられる。
背景。
動機。
誤解。
涙。
一つ一つが脚本のように整っている。
デルガは気づく。
(これは裁きではない)
物語だ。
カイはゆっくりと間を置き、群衆を見渡す。
「皆様」
わずかな沈黙。
「正義は、退屈であってはなりません」
ざわめきが広がる。
空気が震える。
デルガの指がわずかに固まる。
その一言は、思想だった。
音楽が高まる。
証言者が涙を流す。
タイミングが完璧だ。
被害者役が震える声で語る。
間が絶妙だ。
カイは沈黙を操る。
群衆の呼吸が、彼に引きずられていく。
「断罪だ!」
「悪を裁け!」
歓声が波のように広がる。
誰かが泣く。
誰かが拳を振り上げる。
拍手。
音楽。
熱。
デルガの胸に、かつての感覚がよみがえる。
(燃えている……)
だが違う。
以前の断罪は、未熟な感情が衝突し、自然に炎が上がった。
今は違う。
怒りも涙も、導線がある。
爆発は、設計されている。
若者の激情は、制御され、拡張され、増幅されている。
自然発火ではない。
完全に設計された炎。
カイは静かに微笑む。
広場は熱狂に包まれる。
デルガだけが、冷えていた。
(これは……進化か)
それとも。
(娯楽か)
舞台の上で、若い悪役令嬢が膝を折る。
観衆は喝采する。
カイは最後に一礼する。
完璧な幕引き。
断罪は成功した。
だがデルガの胸に残ったのは、熱ではなく、鋭い違和感だった。




