イタリアの道端でおじさん達の会議が始まってしまった話
1991年4月11日
ギリシアのパトラから1泊の船旅を終えた私と友人は、イタリアのブリンディシ港に到着した。
一瞬パスポートを見せるだけの入国審査でスタンプはなし。
夏の観光シーズンには船着き場の近くにある引き込み線の駅まで客車が走るらしいけれど、春先のその時は少し離れた鉄道駅まで歩かなきゃならなかった。
でも、パッと見た感じ駅を示す道標も線路も見つからない。だいたいの方角はわかっているつもりだったのでそれらしい方へ歩き出したけれど、ちょっと不安。
と、2人のおじさんが立ち話をしているのを見つけた。用があるというよりは、暇を潰している感じ。
ラッキー、道訊いてみよ。
ところが声をかけたとたん、イタリア語での道の聞き方をど忘れしてしまった。覚えているつもりだったんだよ、忘れてるって気が付いていたら事前にリュックから本を出して調べてた。本はリュックの底の方に入っているはず。こんな人通りのある道端で店開きはしたくないし、どうしよう?
ひょっとして通じるかもしれないと思って英語で訊いてみる。
通じなかった。
あきらめて立ち去ろうとしたら、話しかけたおじさんの一人が私達に「待て待て」という身振りをして、大声で周りにいた人達に呼びかける。あっという間に十人近く集まってきて、緊急会議が勃発してしまった。
どうやら「この子達はどこへ行きたがっているんだろう? 誰か外国語がわかる奴いるか?」という相談をしているらしい。言葉は通じなくても私達が道を尋ねたという事は察してくれたらしい。
若い人がいれば英語の話せる人が混ざっていたかもしれないけど、おじさんとおじいさんばかりなので望み薄。純粋な親切心で時間を割いてくれているのはわかるのだけど、多分最初に進んでいた方向で間違っていないはずだし、乗りたい列車の発車時刻まであまり余裕がないからこのまま進みたいんだけどなー、と思いながら立ちつくす。
せめて「駅」っていうイタリア語だけでも思い出せればいいんだけど、と思っているうちに会議のメンバーの一人が
「スタツィオーネ?」と呟いた。
それだっ!
とても小さな声だったのだけど、カクテルパーティ効果の一種だったんだろうか? 一瞬でそれが求めていた答えだとわかった私は気が付くと
「そう、そう、スタツィオーネ!」と叫んでいた。
何本もの手がいっせいに一方向を示す。元々進んでいた方向だったけど、これで自信を持って行ける。
「ありがとう!」
と頭をさげて親切な人達に別れを告げた。




