第7話「昼食同盟――世界が集うテーブル」
官邸の玄関前。
目の前には、長い黒塗りの車列。
そして、空には各国の旗がひらめいている。
「……これ、マジで世界会議なんですよね?」
「ええ。」リアンさんは微笑む。「昼食をテーマにした、史上初の国際サミットです。」
「昼食をテーマにサミットて……」
この国では、僕の“お昼どうします?”が国策になった。
そのニュースが海外にまで拡散し、気づけば各国首脳から連絡が殺到。
『ユウ大統領、あなたの“昼食政策”に感動しました。
我が国でも導入したい。――米国大統領』
『昼食外交、興味深い。お茶会形式で議論希望。――英国首相』
『パン派としては黙っていられない。――フランス大統領』
……いや、なんでそんなノリ軽いの!?
* * *
会場は、官邸の特設ホール。
中央には直径15メートルの円卓が設置され、
各国首脳がずらりと座っていた。
圧。重圧。
世界の重みって、椅子越しに伝わるものなんだと知った。
司会AIが開会を告げる。
『ノースユニオン共和国主催、“世界昼食サミット”を開始します。
主催者代表、成瀬ユウ大統領。ご挨拶をどうぞ。』
拍手。
カメラのフラッシュ。
心臓が口から出そうだ。
僕はマイクの前に立ち、深呼吸して、言った。
「えっと……皆さん、ようこそ。
まずは――食べません?」
一瞬の沈黙。
……のあと、会場にざわめきが広がった。
米国大統領が笑い出す。
「ハハ! いいね!これぞ昼食外交だ!」
フランス大統領もナイフを構えながら言った。
「では、乾杯の代わりに“いただきます”を!」
乾杯の音頭ではなく、世界が一斉に“いただきます”。
――カオスだった。
でも、笑い声があふれていた。
* * *
昼食中、英国首相が尋ねた。
「成瀬大統領、あなたの政策はシンプルだが革命的ですな。
どうやって思いつかれたのです?」
「いや、その……お腹が減ってたから、つい……」
笑いが起きる。
各国メディアの記者たちがメモを走らせる。
『“お腹から平和を”――ユウ大統領、昼食外交で世界を和ませる』
……お腹が減ってただけなんですけど。
* * *
会議の終盤、話題は「昼食同盟」という言葉に発展した。
米国大統領が言う。
「我々は軍事同盟で国を守ってきた。だが――
一緒に食べることで争いをなくす。それも、悪くない。」
フランス大統領もうなずいた。
「食卓こそ、もっとも平等な場所だ。」
そして、全員の視線が僕に集まる。
「……成瀬大統領、“昼食同盟”を提案していただけませんか?」
「え、僕が!?」
リアンさんが小さく頷いた。
「ユウさん、ここで言うんです。あなたの言葉で。」
僕は立ち上がり、ゆっくりと言った。
「争いのない世界なんて、難しいと思います。
でも……同じ時間に同じテーブルでご飯を食べられるなら、
少しだけ、優しくなれる気がします。
――それが、“昼食同盟”です。」
静まり返る会場。
そして、拍手。
カメラのシャッター音が、嵐のように響いた。
『昼食同盟、成立。加盟国23ヵ国。』
……僕、ただお腹すいてただけなのに。
* * *
夜。
ホテルの窓から見下ろすと、各国の街で人々が一斉にランチをとっていた。
まるで、世界中が同じ“昼のリズム”で動いているようだった。
リアンさんが隣で言った。
「ユウさん。……あなた、世界を動かしましたね。」
「僕じゃないよ。
ただ、みんなが一緒にご飯を食べたかっただけ。」
リアンさんが笑う。
「それがいちばん難しいことですよ。」
僕はコーヒーを飲み干して、空を見上げた。
――世界って、案外お腹でつながるのかもしれない。