幕間「笑顔の裏側」
官邸の屋上。
風が少し冷たい。
昼休みの鐘が鳴ると、街の下では人々が一斉に食事を始めた。
遠くからも聞こえる。
カフェのドアが開く音。
子どもたちの笑い声。
――あの“お昼政策”が、本当に国の習慣になってしまったのだ。
僕は紙コップのコーヒーをすすりながら、ぽつりとつぶやく。
「……なんで、こうなったんだろ。」
となりでリアンさんが、笑いもせずに答える。
「国民が、あなたに“自分たち”を重ねてるんですよ。」
「え?」
「あなたは、何も特別なことをしていない。
けど、それが今の人たちには希望なんです。
“普通の人でも、上に立てるんだ”って。」
……そんなことで、希望になるのか。
僕なんて、未だに議案の読み方もわからないのに。
* * *
夜。
官邸の一室。
テレビから、またニュースの声が流れる。
『成瀬ユウ大統領、就任一か月で支持率96%!』
『SNSフォロワー、国民の半数突破!』
『“寝癖の似合うリーダー”ランキング第1位!』
僕は頭を抱えた。
「寝癖の似合うリーダーって何……」
しかもAIが自動でスケジュールを増やしていた。
『明日:人気番組「国民と語る」出演』
『明後日:ファッション誌「庶民派スタイル」撮影』
『来週:世界首脳ランチ会談』
――僕、政治家じゃなくてタレントみたいになってない?
リアンさんが書類を持って入ってきた。
「お疲れ様です、大統領。……疲れてませんか?」
「正直、死ぬほど。」
リアンさんは少し黙って、それから静かに言った。
「それでも、みんなが笑ってるなら……続けるしかないんですよね。」
彼女の横顔を見て、僕は思う。
――この人は、僕よりずっと“大統領”らしい。
* * *
夜更け。
机の上には国民からの手紙が山のように積まれていた。
小学生の字で書かれた「お昼おいしかったです」、
お年寄りからの「孫とご飯を食べる時間が増えました」。
どれも、笑顔の文字ばかりだ。
僕はペンを取って、ふと一通に返信を書いた。
「僕も、みんなと同じように生きたいです。
一緒にお昼、食べましょう。」
それだけ書いて、封筒を閉じた。
* * *
夜空を見上げると、街の明かりが星のように瞬いている。
――この国は、今、確かに笑っている。
でもその笑いの中で、自分だけが取り残されているような気がした。
リアンさんが静かに言う。
「ユウさん。あなたは、“勘違い”から始まった大統領です。
でも、“勘違い”で人が幸せになれるなら……それはもう、本物ですよ。」
その言葉を、風の音がやさしく運んでいった。