第5話「初登庁パニック」
翌朝。
目を覚ますと、ベッドの周りに黒服の人たちがいた。
「……おはようございます、大統領閣下。」
「……あの、ここ僕の家ですよね?」
「本日より官邸へご出勤でございます。」
どうやら、もう逃げられないらしい。
半分寝ぼけたままスーツに着替えさせられ、
SPたちに挟まれて黒塗りの車に乗せられた。
車のドアが閉まった瞬間、車内AIが喋りだす。
『おはようございます、ユウ大統領。
本日のスケジュール:
9:00 閣議
10:00 国際記者会見
11:30 国民との昼食会
12:00 ラーメン屋訪問(SNS施策)』
「最後だけ妙に具体的じゃない!?」
もう笑うしかなかった。
* * *
官邸。
外では報道陣が押し寄せ、フラッシュが嵐のように光る。
僕が一歩踏み出した瞬間、
「庶民派スマイルだ!」と叫ぶ声が聞こえた。
いや、ただの緊張笑いなんですけど。
中に入ると、スーツ姿の人たちが一斉に頭を下げる。
「おはようございます、大統領閣下。」
「今日からよろしくお願いします。」
……どう見ても僕の方が一番場違いだ。
こっちは財布にレシート詰めっぱなしなんだけど。
* * *
閣議室。
円卓の中央に座らされた僕は、両隣の閣僚たちを見回した。
みんな真顔。
空気が重い。
話す内容なんて、ひとつもわからない。
「それでは、経済担当大臣。報告をお願いします。」
秘書官の女性――リアンさんが耳打ちしてくれた。
「ここで“うん”って言っておけば大丈夫です。」
「う、うん。」
周囲の人たちが頷く。
「さすが大統領、即断即決だ。」
「決断の速さが違う。」
いや、ただ返事しただけだから。
次に国防大臣が資料を差し出す。
「国境地帯でのドローン侵入問題ですが――」
僕、完全に固まった。
何を言えばいいかわからない。
とりあえず出た言葉がこれだ。
「えっと……お昼、どうします?」
――その瞬間、静まり返った部屋に笑いが起きた。
最初はくすくす、やがて爆笑。
「さすがだ……! 緊張をほぐすジョークだ!」
「このユーモアこそ、新しい政治だ!」
「ちが、今のは本気で……お腹空いて……」
けれどニュースカメラはしっかり撮っていた。
* * *
その日の夜。
ニュース番組のトップはもちろん僕。
『成瀬ユウ大統領、初閣議でユーモア発言「お昼どうします?」
緊迫した場を笑いで包むリーダーシップ!』
SNSではすでにトレンド入り。
#庶民派大統領 #お昼どうします
#昼食外交
国民コメント欄には、
「国を動かすより先に胃袋を動かすタイプ、嫌いじゃない」
「腹が減ってもブレない政治家、推せる」
――この国、もう手遅れかもしれない。
* * *
夜。
官邸の一室で、リアンさんが静かに言った。
「成瀬さん。……本気で、やるつもりはありますか?」
「いや……そもそも僕、やる予定なかったんですけど……」
リアンさんは微笑んだ。
「でも、あなたの“本気じゃなさ”が、人を安心させてるんですよ。」
なんだそれ。
政治って、そんなことで回るものなのか?
けれど――彼女の言葉が、ほんの少しだけ胸に残った。