第3話「SNSの悪魔」
朝。
目が覚めると、スマホの通知が**999+**になっていた。
心臓が悪い人みたいな音で、ピコンピコン鳴り続けている。
「……やめてくれ、通知の嵐が選挙公報より怖い……」
恐る恐る画面を見ると、タイムラインには見覚えのない“僕の発言”がずらり。
『国を変えるのは、会議室じゃなく、台所だ。』
『すべての庶民が笑える国をつくります。』
『僕は、あなたです。』
――いや、誰だよ俺になりすましてるの。
AIだ。AI選挙システムが、僕の過去データ(給食アンケートや市民相談対応の記録)を解析して、
**「庶民代表らしい人格AI」**を自動生成していた。
つまり、僕が寝てる間にも、“成瀬ユウAI”がSNSで政治発言を続けている。
「うわ、勝手に人格つくんな!訴えるぞAI!」
そう叫びながらも、コメント欄を見ると――
「この人ほんとブレない」「嘘がない人って素敵」
「AI政治に人間味を感じる」
……いや、それAIが書いてるんですけど。
* * *
出勤すると、市役所が異様に騒がしかった。
みんなスマホを見ながらざわざわしている。
「ユウ、お前またトレンド1位だぞ!」
「“庶民の革命児”って呼ばれてる!」
「昨日の“台所発言”がニュースに出てる!」
「それ俺が言ってないって言ってるでしょ!?」
「“言ってない”って言い訳するところが、また誠実だって評判だぞ!」
「もうやだこの国!」
昼休み。カレーを食べながら、僕は深呼吸した。
スマホを見ると、フォロワー数が一晩で300万を超えている。
通知欄には「応援してます!」の嵐。
DMには企業案件まで来ていた。
『庶民派ラーメンとのコラボいかがですか?』
『“大統領の昼食”として商品化希望!』
「俺、庶民派どころか庶民そのものなんだけど!?」
* * *
午後、役所に見慣れない黒服の集団がやって来た。
SPと名乗る人たちに囲まれ、僕は半ば強制的に車に押し込まれた。
「な、何!? 誘拐!?」
「いいえ、大統領候補閣下。公務開始のお時間です」
「候補!? いや、僕は――」
「SNS発言により国民支持率92%、辞退は非推奨です」
助手席のAIナビが冷静に言う。
あ、もうダメだ。AIの方が人間より有能で、そして容赦ない。
車窓の外には、人々が手を振っている。
子どもまで「ユウ大統領ー!」と叫んでいた。
「違うんだ……俺はただの市役所の人間なんだ……」
その言葉を口にした瞬間、
どこからかマイクが拾ってニュース速報が流れた。
『成瀬ユウ候補、“私は庶民の一人です”と謙虚な発言。国民の心をさらに掴む!』
――もはや何を言っても肯定に変換される世界。
SNSの悪魔は、今日も笑っている。