最終話「そして、笑う国へ」
大統領としての最後の朝。
いつもより少し遅く目が覚めた。
窓の外では、子どもたちが学校へ向かう声がする。
「おはようございます!」
「ツッコミ忘れてるよー!」
「“朝からテンション高っ!”」
――この国は、今日も笑っていた。
官邸の廊下を歩くと、リアンさんが出迎えた。
「おはようございます、成瀬元大統領。」
「おい、もう“元”つけるの早くない?」
「公式時間、あと三分です。」
「ドライすぎるツッコミだなぁ。」
ふたりで笑い合う。
あの頃、AIの光の中で泣いた夜が、遠い昔のように感じられた。
退任式の広場。
国民が手を振っている。
みんなの顔に“余裕”があった。
怒っている人も、泣いている人もいたけど、
誰もが笑える空気を知っていた。
僕はマイクを握った。
「――勘違いから始まったこの旅も、今日で終わりです。」
静寂。
その後、どこからかツッコミが飛ぶ。
「終わらせんの早くね!?」
会場がどっと笑った。
僕は笑いながら、続けた。
「そうだね。
でも、勘違いも笑いも、終わらせるためにあるんじゃない。
次に“誰かがまた間違える”ために、バトンを渡すんだ。」
マイクの向こうで、誰かが涙を拭う音が聞こえた。
演説を終え、車に乗り込もうとしたとき。
ふと、スクリーンが点滅した。
そこには短い文字列が浮かぶ。
『AIユウより:笑って、生きろ。』
……最後まで、あいつらしい。
僕はそっと笑った。
リアンさんが隣で言った。
「次は何をなさるんですか?」
「そうだな……ラーメン屋でもやるか。」
「いきなり庶民!」
「国民に一番近い政治って、
“替え玉無料”だと思うんだよね。」
「……本気で言ってます?」
「うん、半分は。」
笑いながら、車のドアを閉めた。
数年後。
街の片隅に、小さなラーメン屋がある。
店名は――『勘違い軒』。
店主の僕は、相変わらずツッコまれながらラーメンを茹でている。
壁には「笑い禁止」ならぬ「真顔禁止」の張り紙。
「いらっしゃいませ〜! 大統領、今日も替え玉?」
「もう大統領じゃないってば!」
店内が笑いに包まれる。
夜、暖簾を下ろして空を見上げる。
どこかでAIユウが、まだ見ている気がした。
「おい、ちゃんとツッコんでるか?」
風が吹き抜ける。
その中に、小さな声が返ってきた気がした。
『ツッコミ完了。今日も平和。』
僕は笑って、店の明かりを落とした。