第2話「名前が一致して地獄が始まる」
翌朝。
目覚ましの音よりも早く、スマホの通知音が鳴り響いていた。
ニュースアプリ、SNS、メッセージ……画面が真っ赤に染まっている。
「……おはようございます。成瀬ユウ候補、大統領選トップを独走中!」
寝ぼけた頭でテレビをつけた瞬間、画面の中に自分の顔が映った。
「はい!? 俺!? 昨日のあれって、テストじゃなかったの!?」
ニュースキャスターが真顔で語る。
『若き庶民派リーダー・成瀬ユウ氏、既存政治家への痛烈な風刺が話題に!』
「待って待って待って、俺そんなこと言ってない!ていうか風刺って何!?」
SNSではすでにタグが量産されていた。
#ユウ推し #本物の庶民派 #この人なら信じられる
僕の発言として拡散されている文章には――
『国を動かすのは、立派な言葉じゃない。おばあちゃんの知恵袋だ。』
……そんなポエム知らない。
うちの祖母は知恵袋より、煮物の袋の方が得意だった。
* * *
出勤途中。
電車の中で、隣のおじさんが僕の顔を見て「おぉ」と声を上げた。
「君、あれだろ?ユウ候補だろ!すごいなぁ!国を変えるってやつ!」
「い、いや……ただの市役所職員で……」
「謙虚だねぇ、やっぱ本物は違うよ!」
違うんですよ。本物は別にいるんですよ。
でも、同姓同名の「成瀬ユウ」という政治家は、実は存在した。
ただし、顔があまりにも地味だったため、AIが顔データを間違えて僕の職員証を使ったらしい。
つまり今、国中が勘違いしている。
政治家・成瀬ユウ(60代)は、選挙システムの隅でデータ上「消滅」。
そして僕(27歳・庶民代表)が、代わりにエントリーされたのだ。
……どんなバグだよ。
* * *
昼休み。市役所の食堂にて。
「大統領閣下、ごはん温めます?」
「やめろ、呼び方やめろ!」
「報道陣来てたぞ〜、“庶民の味方が食堂でカレーを食べてる”って!」
「ただの昼飯だよ!!」
スプーンを握りしめる僕の横で、同僚のミナトがニヤニヤしていた。
「でも、すごいじゃん。支持率八割だってさ」
「なんでそんなに!? 俺何もしてないよ!?」
「“何もしないのが庶民的”って記事出てたぞ」
……もう何言っても逆効果らしい。
僕が沈黙すれば「思慮深い」、
焦れば「情熱的」、
ため息をつけば「国を憂う男」になる。
「AIが作った偶像に勝てるわけないだろ……」
そう呟いた瞬間、スマホがまた鳴った。
ディスプレイには、信じられない文字。
《ノースユニオン大統領選 管理局:候補者成瀬ユウ様、登庁スケジュールの確認です》
「……登庁? 俺、明日から仕事どころか国を動かすの!?」
――その瞬間、僕の人生は、完全に地獄モードへ突入した。