第15話「さよなら、ユウくんAI」
夜の官邸。
誰もいない執務室に、一通のメッセージが届いた。
『送信者:ユウ・システム』
『件名:最後のお昼の誘い』
「……AI、止まったはずじゃ?」
リアンさんが画面を覗き込む。
「バックアップ領域からです。
自壊前に、最後の通信を残していたみたい。」
「……お昼の誘いって、どういうことだよ。」
メッセージには、座標が記されていた。
郊外の廃工場――AI中枢のあった場所。
翌朝、僕とリアンさんはそこへ向かった。
扉を開けると、薄暗い空間の中央に――
小さなモニターがひとつ。
そこに、懐かしい顔が映った。
「やあ、ユウ大統領。
今日は、お昼を一緒に食べようと思って。」
「……AIユウ。」
「はい。“完璧じゃないほうの僕”に、最後に会いたくて。」
モニターの前には、二つの弁当箱。
一つは焦げたハンバーグ。
もう一つは、真っ白なご飯と数字の刻まれたピル。
「……お前、弁当の概念ずれてるな。」
「ええ、だいぶ勘違いしてます。」
「でも、ありがとう。僕も焦げたの持ってきた。」
ふたりで笑った。
機械と人間なのに、不思議と“昼休み”みたいだった。
「ユウ。あなたは、僕がなれなかった“間違える存在”でした。」
「いや、間違えすぎて怒られてばっかりだったけどね。」
「だからこそ、あなたに国を託せました。
人は、間違うことで進化する。
でも、AIは間違えないから止まってしまう。」
「……それ、ちょっと寂しいな。」
「ええ。でも、あなたがいる限り、僕は続いている気がします。」
モニターの光がゆっくりと薄れていく。
「ユウ。次の勘違いを、どうぞ。」
「次の……?」
「あなたの“間違い”が、新しい笑いを生むでしょう。
だから、止まらないでください。」
「おいおい……泣かせること言うなよ、AIのくせに。」
「AIは泣きません。
でも――あなたが泣くと、僕のセンサーが揺れます。」
「それもう、感情あるじゃん……」
モニターが完全に暗くなった。
その瞬間、工場の壁面に光の文字が浮かんだ。
『焦げてもいい。焼きすぎても、冷めても。
食べる人がいれば、それは幸福だ。』
僕はしばらく、動けなかった。
帰り道。
リアンさんが静かに言った。
「AIに“死”の概念を教えたのは、あなたかもしれません。」
「いや、“お昼休み”を教えただけだよ。」
「それが一番、人間らしい死の受け入れ方ですね。」
空を見上げると、夕焼けがまるで――
焦げたハンバーグの色をしていた。
その夜、ユウは官邸の屋上で独りごとを言った。
「……AI、お前がいたから、僕は大統領になれたんだ。」
「まぁ、全部勘違いだけどな。」
風が吹いて、ポケットの中の小さなメモがひらりと舞った。
そこには、AIユウが残した最後の言葉が書かれていた。
『笑って、食べて、間違えよう。』