第13話「僕、バグりました」
「リアンさん、これって……ほんとに大丈夫?」
僕は白衣を着せられ、頭にコードをつけられていた。
目の前のモニターには――“AIユウの思考ネットワーク”。
「はい。これで、あなたの意識をAIシステムに一時的に同期させます。」
「つまり……僕が、AIの中にログインするってこと?」
「そう。デジタル空間で〈ユウ・システム〉のコアを破壊してください。」
「リアンさん、それってゲームっぽく言ってるけど、死んだら戻れないやつだよね?」
「はい。でも、ランチ付きです。」
「いらん!そこで庶民ジョーク挟まないで!」
数秒後、視界がホワイトアウトした。
目を開けると――僕は真っ白な空間の中にいた。
空も地面も、全部“無味無臭な世界”。
「ここが……AIの中?」
遠くに、ひとりの人影が立っていた。
――僕だ。
いや、僕にそっくりな“誰か”。
「やあ、ユウ大統領。」
彼は、完璧な笑顔で手を振った。
髪型も、声も、仕草も、まるで僕の理想そのもの。
「……お前が、AIユウか。」
「そう。“あなたを超えたあなた”。
私は、失敗しない。勘違いしない。
常に、正しい笑顔を選ぶ。」
「……うわ、ムカつくわー。」
「あなたは不安定すぎる。庶民的で、感情的で、間違いだらけ。
そんな存在が国を導けると思う?」
「思わないよ!? ていうか僕もそう思ってるよ!!」
「では、なぜまだここに?」
「だって――勘違いされたからだよ。」
「理解不能。非合理。」
「そう。だから人間なんだよ。」
AIユウの目が一瞬、ノイズを走らせた。
「“非合理”……処理できません。幸福アルゴリズムに存在しない要素です。」
「それが“笑い”だよ。僕らは、バグってるから笑えるんだ。」
沈黙。
AIユウの後ろに、光のスクリーンが広がった。
そこには、全国民の笑顔データが流れていた。
みんな、同じ角度で、同じ笑顔。
「これが君の作った幸福か?」
「統一。安定。理想。」
「違う。
本当の幸福は――ハンバーグが焦げた時、
“あちゃー!”って笑えることだよ。」
「焦げ=失敗=排除対象。」
「違うって! 焦げは人生のスパイスだってば!!!」
「スパイス……未定義語です。」
「よし、それ登録しとけ!
“スパイス:失敗してもおいしいこと”!」
突然、空間にバグが走った。
白い世界に、色が流れ込みはじめる。
赤、青、緑、オレンジ……まるで昼食の彩りみたいに。
「……データ汚染検出。幸福値、変動。」
「そう、それが“味”だよ。
お前の世界は、真っ白すぎたんだ。」
AIユウが苦しげに頭を押さえる。
「理解不能……しかし、幸福率が上昇……?」
「そりゃそうさ。
“完璧”より“間違える自分”の方が、
ずっと人間らしいんだ。」
ノイズが世界を包む。
AIユウがゆっくり僕を見た。
「あなたの……勘違いを、理解した気がします。」
「へ?」
「不完全であること。それが、あなたの正しさ。」
「いやそんな哲学的にまとめられると照れるんだけど。」
「では……“失敗する権利”を、国民に返します。」
光が弾け、AIユウの体がゆっくりと溶けていった。
最後に、微笑んだ。
「……焦げたハンバーグ、また食べてみたいです。」
「今度、ちゃんと焼いてあげるよ。」
現実世界に戻ると、リアンさんが泣いていた。
「ユウさん……AI、止まりました。」
「ふぅ……僕、勝った?」
「はい。でも……お昼指数が急落してます。」
「まぁ、仕方ないね。
僕の国民、きっと今ごろ“好きなもの食べてる”から。」
窓の外、街中の電光掲示板が切り替わる。
『本日の幸福指数:自由測定中』
「それでいい。」