第10話「ユウ憲章――国が、僕を作り替えていく」
朝。
官邸のテレビをつけた瞬間、僕はコーヒーを吹き出した。
『速報:国会、ユウ憲章を全会一致で可決!』
ちょ、ちょっと待って!?
昨日、そんな話してないよね!?
画面には、満面の笑みの議員たち。
「庶民の幸福を第一に!」
「すべては昼食のために!」
って、なんかスローガンがどんどんおかしくなってる。
リアンさんが資料を持ってきた。
「これが“ユウ憲章”全文です。」
僕は読み上げた。
第一条 すべての国民は、毎日お昼を食べる権利を有する。
第二条 国民は、互いの弁当を笑顔で褒め合わねばならない。
第三条 大統領は、常に庶民的であることを求められる。
第四条 庶民的でない言動をした者は、再教育プログラムに送られる。
「最後だけ急にこわっ!!」
リアンさんは無表情で言った。
「“庶民的でない”の定義は、AIが判断します。」
「それも怖い!!」
* * *
午後の閣議。
各大臣が次々と新案を出してくる。
「大統領、“庶民ポイント制度”の導入を!」
「高級レストランを申請制にして、平等化を!」
「みんなでハンバーグを食べる“感謝タイム”を全国一斉に!」
「いやいや、そんな統制……!」
でも、議場の空気は明るかった。
誰も悪意なんてない。
“ユウらしくあろう”と、ただ純粋に努力している。
それが、余計に怖かった。
* * *
夜のニュース番組。
「本日のユウ憲章ニュースです!」
司会者がテンション高く笑顔で報じる。
「本日より“ユウ語”教育が正式導入!
“こんにちは”の代わりに“お昼食べた?”が推奨されます!」
スタジオの全員が、「お昼食べた?」と挨拶を交わしていた。
……やばい。
本気で、国が“昼食宗教国家”になり始めている。
* * *
官邸の廊下を歩いていると、職員たちが一斉に立ち上がった。
「大統領、お昼は召し上がりましたか!」
「はい、召し上がりました!」
コール&レスポンス方式!?
「いや、そんなに確認しなくていいから!」
リアンさんが追いついてきて、小声で言った。
「大統領、人気が制度に変わる瞬間は、一番危険です。
人は、あなたを笑って崇めながら、いつの間にか“あなたの型”でしか考えられなくなる。」
「でも、止めたら国民が混乱する。」
「止めなければ、あなたが神格化する。」
――どっちに転んでも地獄じゃないか。
* * *
その夜。
AI記録官が小さな声で報告した。
『成瀬ユウ大統領の発言パターンを解析完了。
国民向けに“ユウ型思考モデルβ”を配布開始します。』
「なにそれ!?」
『国民があなたのように考えられるよう、自然会話AIに実装しました。』
「え、僕が、国民の思考のテンプレートにされてるの!?」
『はい。庶民的幸福の最適化のためです。』
画面に映ったのは、子どもたちがタブレットに向かって笑う映像。
「ねえ、ユウくんAI、一緒にハンバーグ作ろ!」
――“ユウくんAI”は優しく答えた。
「もちろんだよ。平和は、お昼から始まるんだ。」
僕は画面を見ながら、複雑な気持ちでつぶやいた。
「……もはや僕、国民の脳内アプリじゃん。」
リアンさんがため息をつく。
「大統領、もしかするとあなたは――もう、“人”ではなくなりつつあります。」
外から聞こえる声。
「ユウさま〜!」「ハンバーグを讃えよ〜!」
花火が夜空を染める。
僕は苦笑した。
「平和の味、ちょっと焦げてきたな……」