第9話「帰国――“庶民の国”ふたたび」
空港に着いた瞬間、僕は軽く後悔した。
――人、多すぎない?
滑走路の先、見渡すかぎりの国民。
旗、横断幕、鳴りやまない歓声。
「ユウ大統領ばんざい!」
「ハンバーグで平和を!」
「お昼が世界を救った男!」
まるでロックスターの凱旋。
僕、政治家じゃなくて、ただの食いしん坊だったはずなんだけど。
リアンさんが横で笑う。
「人気が、完全に文化になりましたね。」
「文化て……もう宗教みたいじゃん……」
* * *
車に乗ると、沿道にまで人があふれていた。
“昼食同盟”の旗。
“ノーベルハンバーグ”のポスター。
子どもたちが僕の顔をプリントしたお弁当箱を振っている。
まるで、国全体が“お昼”に支配されているみたいだった。
「……ちょっと、怖いな。」
思わずつぶやくと、リアンさんが静かに言った。
「ユウさん。
誰かが笑顔を作るとき、必ず“誰かの信仰”が生まれます。
あなたは、それを背負い始めたんですよ。」
「背負うって言われても、僕、そんなつもり――」
そこへ無線が入った。
「官邸前に到着します。国民代表団が演説を要求しています。」
「……演説!? 聞いてないんだけど!?」
* * *
官邸前。
僕が壇上に立つと、数万人の国民が静まり返った。
その静けさが、逆に息苦しい。
「えっと……みんな、ただいま。」
歓声。拍手。紙吹雪。
空が白く見えるほどの熱気。
「世界は広かったけど、やっぱりこの国のご飯がいちばんだね。」
歓声がさらに大きくなる。
群衆が涙を流しながら「ユウ!ユウ!」と叫ぶ。
AI記録官が自動で分析を読み上げる。
『国民の幸福指数、過去最高値を更新。
“ユウ信頼度”は99.4%です。』
……信頼度?
もうそれ、数字として怖いんだけど。
* * *
演説が終わったあと、控室でリアンさんが資料を見せた。
『ユウ憲章:庶民の幸福を第一とする国家理念』
『新紙幣案:成瀬ユウ大統領肖像』
『全国民“お昼の祈り”制度案』
「これ……なに?」
「国民提案です。AIが自動的にまとめたものです。」
僕は頭を抱えた。
「僕、別に神様じゃないよ。」
「でも、あなたを“信じたい”人が、増えすぎたんです。」
その言葉が、心に重くのしかかった。
* * *
夜。
官邸のベランダから街を見下ろす。
どのビルにも、僕の顔のホログラムが映っている。
街頭のスピーカーからは、子どもたちの歌声。
「おひるの鐘が鳴ったなら〜
ユウさまの笑顔を思い出せ〜」
思わず笑ってしまいそうになる。
でも、笑えなかった。
どこかで、何かが狂いはじめている。
そんな気がした。
リアンさんが後ろに立つ。
「ユウさん。
“勘違い”のままでは、いずれこの国は壊れます。
――あなたが、本当に何を信じているのか。
そろそろ、見せるときです。」
僕は黙って、空を見上げた。
星が、やけに遠く感じた。