第1話「選挙?何それおいしいの?」
今日も、残業の匂いが漂っている。
市役所の灯りはもう夜の十時を回っても消えない。
そして、その原因の一端を担っているのが、僕――**成瀬ユウ(27)**だ。
「成瀬くん、AI登録システムの更新、頼んだよ〜。すぐ終わるからさ!」
そう言って上司は定時で帰った。
「すぐ終わる」という言葉ほど、信用ならないものはない。
画面には見慣れない英語と数字の羅列。
僕はマニュアルを片手に、ため息をついた。
「……はいはい、“候補者データ入力”ね。って、うち選挙関係ない部署なんですけど?」
画面のどこかで、「立候補登録フォーム」と書かれている。
たぶんシステム全体のメンテナンスだろう。
項目を埋めないと進まないので、仕方なく入力した。
名前:成瀬ユウ
職業:市役所職員
所属:なし
写真:職員証のデータを仮で添付
「よし、テスト完了っと。保存……ぽち。」
――その瞬間、画面が光った。
「登録完了しました。候補者データをアップロードしました。」
え、アップロード? どこに?
まさかとは思いつつ、僕は画面を閉じて帰路についた。
まさかこの夜、僕の人生がバグるとは知らずに。
* * *
翌朝。
スマホの通知が止まらない。
「#ユウ候補」「若き改革派」「新星登場」……ん? 新星?
ニュースアプリを開いた僕は、コーヒーを吹きかけた。
『AI選挙管理システム、ついに最年少候補誕生! 成瀬ユウ氏(27)』
そして、そこに載っていた顔写真は――間違いなく、僕だった。
「ちょっ……おい!なんで俺!?誰が登録した!?」
職場に駆け込むと、同僚が拍手で迎えた。
「おい成瀬!ニュース見たぞ!ついに政治の世界デビューかよ!」
「市役所から大統領とか、映画かよ!」
「いや、違う違う違う!!!」
僕は叫んだ。だが、誰も信じない。
AIが作り出した「候補者・成瀬ユウ」は、すでにSNSで理想の庶民派リーダーとして拡散されていた。
「国民に寄り添う青年」「エリートではない、新時代の声」。
全部AIの自動生成コメント。
でも、誰もそれを疑わない。
「おいユウ、大統領になったらうちの課に予算くれよ!」
「いや、俺まだ弁当温めてる途中なんですけど!?」
その日の昼、僕の写真入りのポスターが、全国ニュースに映った。
その下に書かれていたスローガンは――
『成瀬ユウ あなたの代わりに、悩みます。』
「……いや、俺が一番悩んでるんだけど。」