シンデレラが嫁に行った後のまつり
姉Aはモップとバケツを外の倉庫に片づけに行った。
「痛。痛。腰痛すぎる。屋敷の掃除きつ過ぎ」
姉Bは牛の乳が入ったバケツを両手に持ってそっちに近づいた。
「あんたまだまだね。私だいぶ筋肉付いたわよ」
姉Bはバケツを地面に下ろしてブラウスをまくり腕の力こぶを見せた。
姉A「っていうか、花嫁修業やめさせて私たちにこんなことさせて、お母様は私たちをどうしたいわけ?」
姉B「最近は自分が美脚と小顔体操に励んでるわよ」
姉A「そうそう。知ってるわよ。食事作っている横でいつも歌ったり踊ったりしているもの。私たちって何なの?」
姉B「お母様、最近じゃシンデレラの母親としてお城にケーキ届けたりしてるわよ。あと、花とか絵とか」
姉A「誰の絵?」
姉B「画廊で半額の絵。私らのまま父が生きていて家が裕福な時にシンデレラが描いた絵も二束三文で売りにいってる」
姉A「え? プリンセスの絵なのに二束三文?」
姉B「足元見られてんのよ」
姉A「じゃ、私らはこのあとどうなんの? あんたそんなムキムキになって嫁に行けるの?」姉B「私この家出ていって彫刻家になろうと思って」
姉A「は? ムキムキだからなれる職業じゃないでしょう?」
姉B「いや、もう、掃除婦でもなんでもいい。ここを出ないと未来はない」
姉A「っていうか、シンデレラどうやってこの家を完璧に掃除して、料理して、洗濯してたの。わからない」
姉B「わかんない。私ら二人でやっても半分の量しかこなせないのに」
姉A「美貌っていうか、あの根性のあるところが一番の才能よね。シンデレラ様は」
意地悪な姉二人は母親のところへ仕事が終わった報告へ行った。
姉AB「掃除終わりました。牛の乳も絞りました」
お母様「バターは作った?」
姉B「え? 昨日作りましたけれど」
お母様「あんたの作る量はシンデレラが一回で作れた量の十分の一しかないのよ。十分の一。嫁に行けないのはその能力の低さが原因よ。顔が悪いのなら、せめて従順で気立てがよくて、口答えしない、いろんなことの出来る女になりなさい」
姉AB(顔はお母様に似たせいだけれど)
お母様「今日の夜にここでお見合いするのよ。バターがいるの。バターが」
姉A「どっちのお見合いですか? 私ですか。それともBですか」
母親は、世にも不可解な顔をした。
お母様「私に決まっているでしょ。あんたたちはとっくに敗北者よ。ほら、いいからバターを作りにいって。Aも手伝ってあげて」
AとBは牛乳を密閉容器に入れて振り続ける。
A「フリフリフリフリ。といえば、私この間スパゲティ屋の息子に振られたわ」
B「あー。あれは、振られると思った。あいつ面食いだもの」
A「うるさいわね」
B「なんて言って振られたの?」
A「君は顔が悪い分、僕に尽くしてくれると思ったら、貴族生まれなはずなのに貧乏だから用がないって」
B「そう。身分が貴族だから、顔が悪いとお金目当てしか寄ってこないの。しかも、そういう育ちだったのか自分じゃわかんないけれど『お高く留まりやがって』っていっつも言われる」
A「『お高く留まりやがって』発言のやつとはどこまでいったの』」
B「行くところまで行ったわよ」
A「『男に尽くす』ってどういうことなのかしら?」
B「いや、もう、男には頼らない。っていうか頼らせてもらえない」
A「お母様は、自分が結婚して私たちを召使いとして使い続ける気かしら」
B「いや、さすがに金持ちしか狙わないでしょう。あのお母様は。また使用人おいてくれるわよ」
母親のお見合いを廊下の陰から二人で覗き見る。
A「見た目すごいわね……」
B「すごい不細工ね」
A「私さ、不細工嫌いなのよね」
B「まあ、お母様が結婚して、また裕福にやれるなら文句はないけれど」
母親はおっほっほっほっほと笑いながら男の相手をする。
A「何言っているのかしら?」
B「ちょっと押さないでよ」
AとBは食堂に向かって倒れこむ。母親が鬼のような形相を姉ABに対して向けてやってきた。母親はこもったようなどすのある囁き声で
「あっちにいってなさい。はしたない。ネズミにも劣る」
お見合い相手が近づいてきた。Aに手を貸して立ち上がらせる。
男「お嬢さん。大丈夫ですか。お母さん、ちょっとこのお嬢さんとお話しさせてくれませんか。二人きりで」
A(え‼? ブサイク。不細工。ぶさいく。やめてよ)
お母様(結局、若い子がいいのね)歯噛みしながらBと立ち去っていく。
男「お名前は?」
A「Aです……」
男「何か欲しいものはないかい? なんでも言ってごらん」
A「え?」
男「僕とお付き合いしませんか。なんでも手に入りますよ。美しい僕の好みのお嬢さん」(ウインク)
A
母親登場「A~。いいお話じゃない。もしご結婚されたらこの家に住んでくれるのでしょうね?」
男「いえ。僕の家に引き取りますよ」
お母様「それは困るわ。この家には使用人を雇うお金がなくて、私と娘たちが切り盛りしていますの」
男「じゃあ、使用人あげますよ。この家にも援助できますし」
お母様「まあ、本当ですの? A,いい人じゃない。お顔立ちも馬に似てハンサムで面食いのあなたにピッタリでしょ? 」
A(私、不細工にお金のために売られるの⁉)
こうしてAはお嫁に行きました。
一人になった娘を、母親は自分が男に相手にされなかった腹いせに当たり散らし続けました。
お母様「いやらしい娘。そんな肌着みたいなパジャマで寝てるの?」
B「これしかないのですけれど……」
お母様「縫えばいいじゃない。シンデレラみたいに!」
B「私はシンデレラじゃない! お母様の血を引いた不細工で意地悪でお高く留まった能力のない娘よ!」
Bはベッドに突っ伏して母親の前で泣きました。
お母様「本当に意地悪な子! そうやって不幸を演出して。実の父親が亡くなったシンデレラはもっと不幸でも気概があったわ。あなたはその片鱗すらないの⁉」
B「わああああああん。シンデレラはお母様の子じゃないし!」
お母様「そうやって人のせいにばかりするのね! あなたが嫁にいけない理由が分かったわ」
B「お母様だって、前の旦那に三行半突きつけられて、シンデレラの父親をたらし込んだんじゃない!」
お母様「そうよ。私は、男をたらし込めるのよ。能無しのあんたと違ってね!」
B「こんな家出て行ってやる」Bは部屋を出ようとした。
しかし、母親は娘の頭をベッドに向かって張り手で突き飛ばして叫んだ。
お母様「出ていかせやしないよ! あんたは一生この家で働きな! シンデレラに使っておけばもっと早かった教育費をあんたがどぶに捨てたんだ! あんたは一生この家で贖罪しな! 出て行っても絶対に捜し出して何度でも連れ戻してやるからな!」
B「わあああああん」
Bは泣き喚きました。もともとお嬢さん育ちのBには腕に力こぶがついても母親に逆らう度胸はありませんでした。Bは絞り方が下手で不味いと言われて牛乳を頭から被せられたり、かまどにばらまかれた豆を食べさせられたり、とっておきの服を下品だという理由で勝手に捨てられたり、母親が夜会に出るための服を一か月かけて縫わされたりしました。
ある日、Bは買い物の帰りに「遠くの市への給仕係募集。お迎えあり。宿あり」の張り紙を見つけました。Bはお迎えの日時を記憶して、その日のその時間に買い物に行くふりをして、その馬車に乗りました。馬車にはいろいろな女性が乗っていました。清楚な身なりをしたお嬢様風の女の子。派手な商売女風のおばさん。キチガイのような白いフリルのロリータのおばあさん。みんな不満げで不幸そうで不機嫌でした。「つきましたよ~」御者がトラックの荷台のような場所の戸を開けると、女たちはしんどそうに下りていきました。そこは飲み屋街でした。女たちはバラバラに黒い服を着た男たちに手を引かれて、あちこちの店に散っていきました。Bはある店のお給仕となりました。メイド服を着て、男たちにお尻や胸や脚を触られました。最初は嫌でしたが、だんだん楽しくなりました。自分の力で生きているだけで充実感がありました。お高いと言われなくなりました。いろんな男と付き合いました。化粧は派手になり、チップも増えて金遣いも荒くなりました。ますます男と遊んで遊ばれました。でも、それでいいと思いました。時々、高い丘に登って、遠くの宮殿を眺めます。シンデレラはお母様に娘と思われなくて幸いだったんじゃないかと思いました。すごく強い女だったんだと思いました。ガラスの靴はわざと落としたんだと思いました。それとも、彼女は神様に愛されたから、国一番のラッキーガールになれたのでしょうか。それでも、Bは自由を手にして、チーズを食べられるくらいにはお金を持っている自分の境遇をうれしいと感じていました。
Aは夫を愛せずにいました。夫は毎日これでもかというプレゼントの箱を抱えてAの元に持ってきました。バラの花。服。アクセサリー。Aは仕方なく微笑みました。力ない笑みに夫は悲しい顔をしました。
ある日、夫は言いました。「君は本当は、何がしたいの?」
Aは一瞬ポカンとしました。「私は、結婚したかっただけ。幸せでお金持ちでハンサムな人との結婚がしたかっただけ」
男「僕はハンサムじゃないからダメなの?」
Aは涙を一筋流しました。「ごめんなさい。ごめんなさい。私は何も考えてこなかった。私は、キレイでもないし、勉強もできないし、何もできないのに」
男「なら、これから考えようよ。本でも読んでみたら? ファッション誌でも、小説でもなんでもいい。習い事だってして構わない。大体、君いつも窓辺に腰かけているだけじゃ人生がもったいないよ」
Aは雑誌や小説を読むようになりました。そしてAが読んだ本を男が読んで、男が読んでみてAに薦める本をAは読むようになりました。二人は共通の話題を持って、雑誌のゴシップや小説について語るようになりました。Aは男を愛してはいないけれども、共に暮らすパートナーとして大事で好きだと思いました。そのうち、子供が生まれました。双子でした。シンデレラは既に三人の王子の母親だそうです。良妻賢母ぶりが風の噂となって聞こえてきます。今ではシンデレラも育った館もどこか遠い記憶です。
母親はうらぶれた一人きりの館で、かまどに自分でまいた豆を拾ってかじっていました。お金があってもチーズを買いませんでした。一日に一回買ってきた硬いパンを食べました。一日中、意味もなく掃除をしました。ただ、空虚に日々が過ぎていくばかりです……。