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財閥作って少女を救う  作者: へいたれAI
第二章:未来技術と財閥の萌芽 
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相良油田の存在


・デモンストレーションと知られざる燃料


 嶺と幸の間の、燃料残量に関するわずかな動揺を、桜は鋭く察知していたのだ。

 彼女の視線が、不安げな幸の顔から、困惑を隠しきれない嶺へと向けられる。


「何か、お困りごとでも?」


 桜は、普段の冷徹な口調から一転、どこか優しさを帯びた声で尋ねた。

 その声は、幸の心をわずかに解き放ったようだった。


 嶺は、ため息をつきながら答えた。


「はい、実は……。先ほどご覧いただいたEV車も、そして発電機も、動かすためには**『軽油』**という燃料が必要です。この時代にそれが手に入るのか、私には皆目見当もつきませんで……」


「軽油、ですか」


 桜は、聞き慣れない言葉をゆっくりと口の中で転がした。

 その好奇心旺盛な瞳が、さらに深く探るように嶺を見つめる。


「それは、どのようなものから作られるのです? 水でしょうか? それとも、草木からでしょうか?」


「いえ、これは、地中深くから採れる**『石油』**というものから精製されます」


 嶺は、できるだけ簡潔に説明しようと試みた。


「原油を熱して、様々な温度で沸騰する成分に分け、そのうちの一つが軽油になります。他には、ガソリンや灯油、アスファルトなども作られます」


「地中深くから採れる油、ですか……」


 桜は腕を組み、深く考え込んだ。その思考の速さに、嶺は改めて彼女の聡明さを感じていた。


「日本でも、古くからその存在は知られていました」


 幸が、唐突に口を挟んだ。


「特に、越後の国では**『臭水くそうず』**と呼ばれて、薬用や灯り、あるいは燃料として使われていたそうです。黒川という地名には、実際に油田があったと聞いたことがあります」


「越後、ですか……」


 桜が小さく呟いた。その表情には、わずかに困惑の色が浮かぶ。


「あいにく、越後には、わたくしの知り合いがおりませんので……」


「それから、日本書紀にも**『燃水ねんすい』**として記録がありますよね!」


幸は、得意げに付け加えた。


「燃える水、ですよ! まさに魔法みたいですよね!」


「燃える水、ですか……」


 桜は、幸の言葉を反芻し、その言葉の響きにどこか神秘的な魅力を感じたようだった。

 しかし、越後に伝手が無いという現実は変わらない。


「まあ、最悪は、この時代の**ごま油や菜種油でも、添加物を少し加えれば、それほど手間なく使えるかもしれませんけどね」


 嶺は、幸の不安を和らげようと、冗談めかして言った。

 **実際に、廃食油から軽油を精製する技術は存在するが、この時代でそれを再現するのは途方もない労力が必要になるだろうが、ディーゼルエンジンを動かすだけなら大した手間はかからない。

 実際にそのままでも動くらしいが、以前ニュースで聞いたことがある話では、実際に松脂などの添加物を入れただけでトラックを動かしていた会社が脱税などで捕まったというのがある。

 ディーゼルエンジンはジェットエンジンほどではないが結構悪食だと前に大学の先生からも聞いたな。


「あれらのエンジンは燃えるものなら何でも使えるらしい。尤も効率とかは考えなければの話だがね」


 俺は、そんな話をして幸を慰めようとしたら、幸は「ええーっ、それって、天ぷら揚げた後の油とかですか? なんか匂いがすごそう……」と、少し顔をしかめて笑った。


 場にわずかながら和やかな空気が流れる。


 その時、幸がハッと何かを思い出したように、ポンと手を叩いた。「主任! そうだ! 太平洋側でも油田って、ありましたよね? 確か、静岡県にも……」


 嶺の頭の中に、稲妻が走った。そうだ! 相良油田!


「よし、確認しよう」


 嶺は、幸を促してEV車へと戻った。

 桜は、二人の急な行動に戸惑いつつも、興味を惹かれるように彼らの後を追う。


 EV車のリアハッチを開け、デモコーナーに置かれたノートPCを起動する。

 サーバーを立ち上げると、数秒でOSが立ち上がった。

 サーバーにはデモ用に簡単な情報が蓄えられている。


 平成などで発売されていた各種百科事典のデータや、家庭の医学、料理レシピ本など、ネット環境の無い場所でもデモができる最低限の情報がととのっている。

 ローカルAI環境も構築されており、簡易的な検索やデータ解析が可能だ。


 嶺は、キーボードを叩き始めた。

 幸も、慣れた手つきで隣の端末を操作する。

 後ろから付いてきた桜は、二人が無言で端末と向き合う姿を、心配そうに見つめていた。まるで未来の魔術師が、未知の呪文を唱えているかのようだ。


「「相良油田だ!」」


 ほとんど同時に、嶺と幸の声がハモった。

 二人の顔に、安堵と興奮の表情が浮かぶ。


「相良油田……?」


 桜は、聞き慣れないその地名に首を傾げた。


「そのような油田の存在は、わたくしは存じ上げませんわ」


 嶺は、続けて地図データを検索した。

 表示されたのは、古地図と現代の航空写真が重ね合わされたような、ハイブリッドな地図データだ。

 相良油田の跡地を調べると、その場所には、今は公園が整備されていることが示されていた。


 嶺は、その地図データを小型プリンターで素早くプリントアウトした。

 ウィーンと微かな音を立てて吐き出された一枚の紙を、桜に差し出す。


「桜様、この場所をご存知ですか? 相良油田の跡地と出ますが……」


 桜は、紙を受け取ると、そこに印刷された地図を食い入るように見つめた。

 しかし、やはり知っている様子はない。


「申し訳ございません、瓶田様。わたくしもこの場所については存じ上げません」


 その時、そばに控えていた庭師の後藤田 進が、おずおずと口を開いた。


「あの、お嬢様……。もしや、それが相良の**『油の湧き出す窪地』**のことでしょうか? 昔から、あの辺りには、油が地面から滲み出てくる場所があると、村の者たちの間で噂になっておりましたが……」


「油の湧き出す窪地、と?」


 桜は、後藤田の言葉に目を見開いた。彼女の瞳に、再び希望の光が宿る。


「はい。ただ、あれは、悪臭がひどく、何も使い道がないとされておりましたので……」


 後藤田は、申し訳なさそうに付け加えた。


「それが、軽油の原料となる石油です!」幸が、興奮して後藤田に説明した。「まさに、お宝ですよ!」


「後藤田、それは確かな情報でございますか?」


 桜は、後藤田に詰め寄るように尋ねた。


「はい、お嬢様。この進、嘘は申しません」


 後藤田は、恐縮しながらも力強く頷いた。


「分かりました」


 桜は、決然とした表情で言った。


「瓶田様、結城様。明日、早速、その相良の油田とやらへ向かいましょう。それが本当に燃料の源となるか、この目で確かめます」


 嶺と幸は、顔を見合わせた。

 この新世界で、最初に見つけた希望の光。

 明冶の世に、現代の技術を根付かせるための、第一歩が、ようやく見えてきた。

 明日への期待と、ほんの少しの不安を胸に、彼らは夜空に浮かぶ月を見上げていた。


 この奇妙な旅は、まだ始まったばかりだ。



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