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財閥作って少女を救う  作者: へいたれAI
プロローグ 令和の魔法使いと新人OL
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展示会の喧騒と初金星の輝き

・展示会の喧騒と初金星の輝き


 秋風が都会のビル群を駆け抜け、季節の移ろいを告げる頃。

 東京・晴海の巨大な展示場では、年に一度の「教育・研究設備EXPO」が開催されていた。

 広大なホールの一部を貸し切って行われるこの展示会は、全国の学校や研究機関が一堂に会し、最新の教育・研究設備を品定めする一大イベントだ。


 会場全体は、ただでさえ広い空間が、企業ブースがひしめき合い、来場者の熱気で満ちていた。

 色とりどりの照明が天井から降り注ぎ、各ブースから流れる活気あるBGMや、商品の魅力を語るプレゼンターの声が混じり合い、まるで巨大な生命体のように脈動している。


 嶺が勤める小さな商社にとっても、これはまさに社運を賭けた戦場。

 社員たちは皆、背中に「契約」の二文字を背負い、所狭しと並ぶブースで熱弁を振るっていた。

 周囲を見渡せば、同業の大手企業ブースは特に目を引く。


 広々としたスペースには、最新鋭の機器が所狭しと並べられ、華やかな照明と巨大なモニターが来場者の視線を釘付けにしている。

 そこでは、派手な衣装をまとったコンパニオンが多数、商品説明のパンフレットを配り、来場者を笑顔で招き入れている。

 その洗練されたプレゼンテーションと、圧倒的な物量作戦は、小さな商社である嶺たちのブースとは対照的だった。

 そのような大規模ブースが会場のあちこちに数社も存在し、それぞれの企業が自社の力を誇示していた。


「瓶田主任! こちらの電子顕微鏡、A大学の研究室の方が非常に興味をお持ちで!」


 幸の明るい声が、喧騒の中でもひときわ響く。

 彼女は、まるで初めての遠足に来た子どものように目を輝かせ、常にブース内を駆け回っていた。

 入社してまだ半年足らずの新人ながら、その溌溂とした態度と人懐っこい笑顔は、来場者の心を掴むのに十分すぎるほどだった。


 嶺は、そんな幸の活躍を、一歩引いた場所から静かに見守っていた。

 彼の担当は主に法人顧客の接待や、大口案件の最終調整だ。

 幸のように精力的に動き回るタイプではないが、その観察眼は確かだった。


 展示会初日、幸は早速、いくつもの小さな商談をまとめてきた。

 しかし、小さな商社の命運を左右するのは、やはり「大型案件」だ。誰もがそれを狙って動いていた。

 嶺もまた、いくつかの目ぼけていた案件の感触を探っていたが、なかなか決定打には至らない。


「主任、お疲れ様です!」


 休憩時間、幸がペットボトルのお茶を二本手に、嶺のそばにやってきた。

 一本を嶺に差し出す。嶺は無言でそれを受け取った。


「すごいですね、主任。あんなに難しい顔してた教授が、主任と話したら笑顔になってました!」


 幸は屈託のない笑顔で言った。嶺が相手にしていたのは、以前から取引のある大学の教授だ。

 新たな研究室の立ち上げに伴う設備投資の相談だったが、予算が厳しく、なかなか話が進まなかったのだ。


「ああ。まあ、世間話の延長だ」


 嶺は素っ気なく答えたが、内心では、幸が自分の仕事ぶりをよく見ていることに少し驚いていた。


 展示会は二日目を迎え、熱気はさらに高まっていた。

 嶺は、この日も朝から得意先の案内に追われていた。

 A大学の教授に最新のAI教育システムを説明し、B研究所の所長には新開発の培養装置のデモを見せる。


 彼の頭の中は、複雑な商談の組み立てと、顧客ごとの細やかな要望の把握でいっぱいで、正直なところ、幸のことにまで気が回らないほどだった。

 そんな中、嶺の耳に、営業部長の甲高い声が飛び込んできた。


「おい! 結城! よくやった! いや、実によくやったぞ!」


 部長の声は、まるで展示場の天井を突き破るかのような勢いだ。

 何事かと皆が部長の元に集まる。部長は満面の笑みで、その隣に立つ幸の肩を叩いていた。

 幸は少し照れたように、はにかんだ笑顔を見せている。


「な、なんですか、部長?」


 斉藤が尋ねる。


「結城がな! 焼津に新設される工業系の県立高専からの、大型案件を勝ち取ってきたんだ!」


 部長は興奮冷めやらぬ様子で、叫んだ。

 その瞬間、ブース内にいた社員たちの間から、どよめきが起こった。


 焼津の新設高専。

 それは、業界内でも噂になっていた大型案件だ。

 最新の設備を導入する計画で、複数の大手商社が水面下で激しい争奪戦を繰り広げていたはずだった。


 それが、まさか、入社半年の新人の手によって、この小さな商社に舞い込んできたとは。幸にとっては、まさに**初の「大金星」**だった。


 その場にいた誰もが、信じられないという顔で幸を見つめる。

 嶺もまた、一瞬、目を見開いた。普段はポーカーフェイスを崩さない彼だが、この時ばかりは、そのわずかな表情の変化に、内心の驚きが表れていた。


 「結城! 詳しい話を聞かせろ!」


 部長がさらに興奮気味に幸を促す。

 幸は少し落ち着かない様子で、だが、しっかりと説明を始めた。


 「はい。実は、高専の準備室の方が、以前、弊社のホームページで掲載していた『環境配慮型設備導入事例』のページをご覧になっていたそうで……。今回の高専は、最新の環境技術を学ぶことに力を入れていると伺いましたので、その事例を詳しくご説明させていただき、弊社の提案が、高専の教育理念と合致すると強くアピールさせていただきました。特に、弊社の扱う省エネ型の実験機器や、廃食油で稼働する発電機に非常に興味をお持ちで…」


 彼女の言葉に、社員たちはさらにどよめく。

 単なる設備の売り込みではなく、顧客の理念にまで踏み込んだ提案。

 それは、新人が簡単にできることではない。

 そして、今回の案件が、単なる「展示会での出会い」以上の、幸自身の努力と洞察力によって掴み取られたものだと理解できた。


 嶺は、その説明を聞きながら、静かに感嘆していた。

 彼は、幸が常に熱心に、そして真摯に仕事に取り組む姿を見てきた。

 しかし、ここまで深く顧客のニーズを読み解き、的確な提案ができるとは正直思っていなかった。

 彼女の持つ、底知れない可能性を、まざまざと見せつけられた気がした。


 この日以降、社内では幸の話題で持ちきりになった。


「結城さん、すごいね」


「新人なのに、あんな大口案件取ってくるなんて」

 ……


 嶺の耳にも、そういった声が嫌でも飛び込んでくる。

 嶺は相変わらず、その話題には深く触れることなく、普段と変わらないポーカーフェイスを保っていた。

 しかし、彼の心の奥底では、幸の働きぶりに対する確かな「感心」と、そして微かながらも「畏敬」の念が芽生え始めていた。


 彼にとって、幸は単なる「教育係の部下」という枠を超え、一人の「優秀なビジネスパートナー」として、その存在感を増していくことになる。

 そして、この「大金星」が、彼らの運命を、そして日本の歴史そのものを大きく変える序章となることを、この時の嶺は知る由もなかった。




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