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財閥作って少女を救う  作者: へいたれAI
第二章:未来技術と財閥の萌芽 
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エンジン船への挑戦


 あれから何度か駿府に出向き、接待も受けるが、その都度女性たちの機嫌は悪くはなるが前ほど引きずらなく、すぐにあきらめとともに治まった。

 嶺がもたらす異国の品々は、駿府の商人たちを魅了し続けていた。

 そのためか、嶺が駿府を訪れるたびに接待攻勢に会う始末だ。


 商売は順調でいいことづくめのようなのだが、しかし、同時に嶺が抱える別の問題も浮上していた。

 日帰りできないことだ。

 何せお泊りしての接待の件は女性人たちからの受けがすこぶる悪い。

 前ほど不機嫌を引きずらなくはなってはいるが、それでも帰ったその日は機嫌を悪くする。


 問題なのは、駿府まで行くとその日中には帰れないことだ。

 駿府と焼津の間を往復するたび、貴重な時間が失われる。

 嶺は頭をひねった。


「もっと速く移動する方法はないものか……」


 船での移動が現在では一番早いのだが、それでも時間は無視できない。

 広大な相模湾を横断する航路は、時に凪に阻まれ、時に荒波に揺られる。

 天候に左右される不安定さもまた、嶺の苛立ちを募らせる要因だった。


「そろそろ造船を考えて、権蔵さんに相談するか……」


 嶺の脳裏に浮かんだのは、前に相良に初めて向かった時に感じた造船での事業化だ。

 俺たちの持つ技術のうちで、相良の油とエンジンの組み合わせれば、商売としてはこれ以上に無いシナジーを生む。

 何よりエンジン搭載の船で速さを、この時代に再現できれば――。


 権蔵は、この領内で最も信頼のおける職人であり、嶺の突飛な発想にも常に真摯に向き合ってくれる人物だ。


「権蔵さん、これを見てくれ」


 嶺は前にサクラたちの前で動かしたエンジンをばらして、部品にして、権蔵さんに見せた。


「これと同じものが作れないか、相談したいんだ」


 権蔵は食い入るようにばらされた部品を見つめた。

 そして、その視線はすぐに芝島夫婦へと向けられた。

 芝島夫婦は、その卓越した鋳造技術で知られている。

 彼らの手にかかれば、どんな複雑な形でも鋳物として再現できると、嶺は確信していた。


 検討が始まった。

 嶺、権蔵、そして芝島夫婦。

 三者三様の知識と技術が交錯する。


 しかし、すぐに一番の問題が浮上した。

 工業化の基礎が全くないことだ。嶺が持ち込んだディーゼルエンジンは、この時代の常識をはるかに超えていた。


「一品物だけならばまだどうにかなるかもしれんが、これを大量に、しかも正確に作り出すとなると……」


 権蔵の言葉に、嶺は深く頷いた。

 オイルランプ程度の簡単なものならば手工業でも対応が可能だが、エンジンほど複雑になると無理だった。

 部品一つとっても、ミリ単位の精度が求められる。

 今のままでは、不可能に近い。


「一から基礎を作り始めるしかないな」


 嶺は覚悟を決めた。まずは、あらゆるものの基準となる「まっ平らな面」を作り出すことからだ。

 定盤から準備を始めることにした。

 領内の石屋を集め、平らな厚みのある板を作らせる。

 石工たちは戸惑った。

 これまで、ここまで精密な平滑さを求められたことはない。


「いいか、待った要らになるよう、一枚の上にチョークの粉などをまいた状態で、もう一枚の平らにする面を合わせるように置いてすり合わせるんだ」


 嶺は身振り手振りで指示を出した。

 石工たちは半信半疑ながらも作業に取り掛かる。

 削っては合わせ、削っては合わせる。わずかな歪みも見逃さずに、何度も何度も繰り返す。気の遠くなるような作業の末、ついにいくつもの「まっ平らな」石板が用意された。


 その上で、嶺が持ち込んだ鉄定規を基準に、さらに精密な鉄定規を作る。

 これこそが、この時代の工業の礎となるはずだった。


 工業化をする上の事前準備のための研究所のようなものが必要になり、焼津の屋敷の敷地内に別棟をレンガで作り、そこで研究を重ねることにした。

 

 やがて、レンガつくりの洋館が完成すると、その洋館に静音型発電機が据え付けられた。

 嶺が持ち込んだ発電機は、轟音を立てることなく電力を生み出す。

 各種の工作機械を常時使えるようになったことで、研究は飛躍的に加速した。


 嶺が持ち込んできた旋盤やフライス盤を使い、それよりも大型の旋盤を作らせるところから始める。

 動力にはモーターが使えないので、水力や蒸気機関も考えたが、教育用のエンジンならば数台あるので、そのうちの一台を使うことのした。

 

 エンジンの内製化に成功すれば、そのエンジンを使って、どんどん工作機械も増やせる。


 権蔵たちは、初めて見る異世界の機械に戸惑いながらも、嶺の指示に従い、その構造を解析し、より大きなものを生み出すことに挑戦した。

 削り出し、研磨し、組み立てる。火花が散り、金属の削りカスが舞う。夜通しの作業が続く。


 芝島夫婦には鋳物職人と一緒に、鋳造の研究をはじめさせた。

 嶺が持ち込んできたディーゼルエンジンを部品単位でばらし、型を取り、鋳物でコピーを作る。

 精密な部品の型取りは、これまでの彼らの常識を覆すものだった。

 木型では到底再現できない細かな部分まで、正確に型を取る技術を磨き上げる。

 試行錯誤の末、ついにエンジン部品の鋳造に成功した。


 権蔵さん達によって作られた旋盤やボール盤などを使い、初めてのディーゼルエンジンを作る作業は、まさに悪夢だった。

 数百、数千にも及ぶ部品一つ一つが、正確な寸法でなければならない。


 わずかな誤差が、全体の機能を損なう。

 動かない。

 火を噴く。

 爆発する。


 失敗を重ねるたびに、絶望が彼らを襲う。

 しかし、嶺は諦めなかった。

 その強い意志に引きずられるように、職人たちもまた、不眠不休で作業を続けた。


 年を越し、春先にはどうにか動かせるまでのエンジンが完成した。

 初めて点火した瞬間、エンジンの鼓動が研究棟に響き渡った。

 それは、この時代に新たな夜明けを告げる産声だった。


 しかし、喜びに浸る暇はなかった。

 エンジンの寿命、耐久性、そして安全性。これらを試験し、改良を続けさせながら、さらなる試練が待ち受けていた。


 設計図を微修正し、素材を見直し、何度も部品を作り直す。

 夏前には、ついにエンジン付きの小型船の建造に入った。

 船そのものは木造で、今まで散々使ってきた船とそう変わりは無い。

 しかし、そこに新開発のエンジンを取り付け、なおかつスクリューをつけることで、これまでには考えられなかった推進力を手に入れるはずだった。


 難航した。

 木造船にエンジンを搭載することは、想定以上の困難を伴った。

 エンジンの振動、重量バランス、そしてスクリューと船体の適合。

 あらゆる問題が山積した。


 だが、嶺と職人たちの情熱は尽きることがない。

 徹夜での作業が続き、彼らの顔には疲労の色が濃く刻まれている。

 それでも、彼らの目には希望の光が宿っていた。


 そして、夏が終わる前までには、ついに第一号の船が完成した。

 相模の海に浮かぶその姿は、これまでの和船とは一線を画す、無骨ながらも力強い印象を与えるものだった。


 天候の良い日に相模湾で何度も試験走行を繰り返した。

 エンジンの轟音は、これまでの櫓を漕ぐ音とは比べ物にならない速さで、船を水上へと滑らせていく。安全性の確認を徹底的に行い、改良を重ねる。


 ある程度自信がつく頃に、嶺は幸や桜を船に招待して、焼津から相良までの航海に出た。

 幸と桜は、仲間の作った初めて見るエンジン船に目を丸くした。


 風を切り裂くように進む船は、まるで生き物のように躍動する。

 焼津から相良までがあっという間に到着する。

 

 幸と桜の歓声が、相模湾に響き渡った。


 その航海を見ていた付近の漁師、特に網元など資金力のある漁師や、相模湾を使って商売していた商人たちからの問い合わせが入るようになってきた。

 彼らは皆、驚きと好奇心に満ちた目で、新しい船を見つめていた。


「あれは、一体何だ? 風がなくとも、櫓を漕がずとも、あれほどの速さで進むとは!」


「あの船があれば、漁場までの往復時間が大幅に短縮される。もっと多くの魚を獲れるようになるかもしれん!」


「駿府との交易も、さらに活発になるだろう! これは、まさに時を金で買うようなものだ!」


 問い合わせは殺到した。

 ここにきてやっと、造船の事業化のめどが見えてきた。

 嶺の夢は、現実となりつつあった。

 しかし、これはまだ始まりに過ぎない。

 嶺の技術革新は、この時代の常識を打ち破り、新たな未来を切り開いていくことだろう。


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