目覚め、そして入眠
あぁ、聞こえない。
何も聞きたくない。
聞きたくない。
「お前はまだ怖いのか?」
脳内に声が響く。
黒谷のあの声とは違う。
じいちゃんの、屈服じいちゃんの声だ。
「なぜできない、不屈はできていたぞ!」
父さん、無理だよ、姉ちゃんにはできても、僕にはできないよ。
「「なぜお前は人を殺せない!」」
あぁ、父さん、じいちゃん、無理なんだよ、僕は、無理なんだよ。
「お前の言うとおり、お前は邪魔者にならなかった。すまん」
あぁ、クソ、なんで、僕はこんなに、弱いんだ。
「ぉい」
今、何か、
「おい、起きろよ」
聞き慣れた声だ。
「おい!起きろっつてんだろ!」
その声を聞いて、僕は目を覚ました。
目の前には、僕の肩を揺らしている土岡正志の姿があった。
いつものおちゃらけ土岡ではなく、真剣な顔の土岡だ。
「土岡」
僕は目の前の友の名をつぶやく。
「起きたか」
土岡は呟くようにそういうと、立ち上がる。
僕も一緒に立ち上がる。
頭が痛んだ。
それとほぼ同時に背中の痛みが戻ってきた。
「いってぇ」
「おい大丈夫かよ」
土岡が心配の声をかける。
「あぁ大丈夫、ちょっとボコられただけだ」
僕は周りを確認する。
どうやら『らっしゃい亭』の前で気を失っていたらしい。
「ボコられたって誰にだよ」
「無効坂高校の先輩だ、僕たちが入学するころには2年になる人。確か名前は…黒谷だった気がする」
土岡は首を傾げる。
「聞いたことない名前だな、そんなに強かったのか?」
強かったのか。
当然の疑問だ。
しかし、答えられない。
僕は先輩の強さがわかっていない。
もっと多くの兵装を使えば勝てていたのだろうか。
殺す気でやっていれば勝てていたのだろうか。
多分無理だ。
だって先輩も僕のことを殺す気でやっていなかった。
全ての攻撃は戦闘不能になる程度の攻撃。
命を奪うほどの火力は無かった。
先輩はまだ全力を出していない。
出せるけど出していない。
出せないから出していない僕とは違う。
けど戦っていたのが僕ではなく、土岡なら?
全てのチャンスを逃さず、最適な動きで勝っていたはずだ。
先輩が本気を出す前に勝負を終わらせていたはずだ。
「おい、大丈夫か?」
土岡の一言で一気に現実に戻される。
「どっか打ったんじゃねぇか?」
「あ、あぁ大丈夫だ、そういえば今何時だ?」
「え?あぁ」
土岡はスマホを出し時間を確認する。
「11時前だな」
「そうか、じゃあラーメン食べるか」
「え?」
「これから時間あるか?奢ってやるから一緒に食べようぜ」
「えぇ!?マジ!?ラッキー!」
先ほどとは比にならないほどの明るい声でそう言った。
いつものおちゃらけ土岡に戻ったようだ。
これが問題の先送りにしかなっていないのはわかっている。
けど、今は、殺し合いのことなんて考えたく無かった。
まだ僕の殺意は眠ったままにしておきたかった。
目覚めたくなんてなかった。
僕はそんなことを考えながらラーメン屋の扉を開ける。
「らっしゃい!好きな席に座ってね!」
大将の声が店内に響く。
僕たちはカウンター席に座る。
今はラーメンを食べて忘れればいい。
僕は醤油ラーメンを注文しながらそう思った