それだけ
「蛇」
黒谷は右腕を前に突き出し手印を結び炎の大蛇を自らの腕から放出した。
最初の千頭絵投了を拘束するための大蛇よりも速く、
故にあの時の千頭絵投了では反応できずに、気のガードも間に合わずここで終わっていた。
事実、黒谷はこの一撃で千頭絵投を戦闘不能まで追い詰めようとしていた。
しかし、
今の千頭絵投了は、第1級兵装『天之手力男神』を発動している。
千頭絵投了が常に体に仕込んでいる兵装。
これを発動することにより常人では考えられないスピード、筋力を得ることができる。
炎の大蛇が千頭絵投了に向かって突進する
簡単に言ってしまえば、
千頭絵投了は腕を高く上げる。
あの時の千頭絵投了とは、
炎の大蛇は速度を緩めず千頭絵投了の腹に向かう。
違う。
炎の大蛇が千頭絵投了の腹に触れる直前、
千頭絵投了の腕が振り下ろされる。
腹に触れるよりも、腹を食いきちぎるよりも早く、千頭絵投了の拳が、天之手力男神により強化された拳が炎の大蛇の頭上へと落とされる。
「へぇ」
千頭絵投了が砂埃に包まれる
「やるじゃないか。まさかお前にそんな力があったなんてな」
砂埃が風に吹かれ飛び去る。
「!?」
砂埃が無くなりその場が見えるようになったが、見えなくなったものもあった。
(アイツがいない!?)
黒谷は自分の脳内を動かし続ける。
(なるほど、そうか、砂埃を起こさせるための上から下の振り下ろし攻撃だったのか。それにしてと砂埃が舞っていたあの時間に姿を消したとなると恐ろしい速さだ。俺が足に仕込んだあれを利用してもそれほどの速さが出るかどうか。しかし姿を消したからって気が消えるわけじゃない。気を探せばすぐに…)
黒谷が気を探し始めた瞬間、黒谷は悪寒に襲われた。
姿を消した千頭絵投了の気は予想通り早く見つかった。
しかしその千頭絵の気は
(俺の後ろ!)
千頭絵投了は黒谷の背後で腕を横に振ろうとしていた。
炎の大蛇を消し去り、砂埃を起こすための縦振りの腕とは違う。
黒谷の首を落とすための、右から左へ腕を振るう動作。
黒谷はすぐさま身を屈める。
千頭絵投了の腕は空を切る。
空振り、その言葉が千頭絵投了の脳内に浮かぶ前に、黒谷が動いた。
黒谷は手印を自らの背後へと向ける。
「蛇!」
炎の大蛇が手印から飛び出す。
千頭絵は身を翻し避け、その勢いで大蛇に蹴りを入れる。
炎の大蛇は炎の勢いを無くし消滅した。
(一撃か、恐ろしい破壊力)
黒谷は千頭絵投了と向き合う。
千頭絵投了も黒谷の方をじっと見る。
沈黙、互いに動かない。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
長い沈黙。
それを破ったのは、
バァぁ!
黒谷の足元から発せられた爆発音であった。
千頭絵投了の兵装による効果などでは無い爆発。
彼の脳内は驚きに満たされる。
それこそが黒谷の第一の目的。
自らの気を炎属性に変えるという『超常力』。
それを靴に纏わせ噴射した。
それにより生まれた推力。
その力で黒谷は千頭絵投了の理解が追いつくよりも早く、
間合いを詰める。
黒谷は拳を握りしめる。
気を纏わせた拳。
気のガードも、肉体によるガードも間に合わない。
その拳が、思考が停止している千頭絵投了の顔面に直撃する。
千頭絵投了の身体が吹っ飛ばされる。
ラーメン屋の壁にぶつかる。
またもや背中に鈍い痛みが走る。
「かはッ」
地面に落下する。
(クソ!遠距離チクチクタイプじゃねぇのかよ!)
「肉弾戦なら自分が優勢だと思ったか?」
黒谷が千頭絵に近づく。
「慢心、油断、そしてなんだ?危機感の欠如か?ダメだよな」
(まっずい、意識が、遠のいてる)
「お前がもっと多くの兵装を使えば、俺なんて簡単に倒せるはずだ。なぜ使わない。家に忘れたなんて言わないよな?そんなはずがないもんな」
黒谷の声が、千頭絵の真っ白な脳に響く。
「さっき背後に回った時、なぜ素手で攻撃しようとした?兵装を出す時間はあったはずだ。あの時使っていれば俺のことなんて殺せていたはずだ」
千頭絵投了は何も言い返さない。
「なぁ、お前」
千頭絵投了の意識がだんだんと戻ってくる。
そしてすぐその脳内は埋め尽くされた。
言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで欲しい言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで言わないで
「人を殺すのが怖いのか?」
空白。
埋められた意識が、
白に、
空白に染められる。
「図星か」
黒谷はそう呟くと千頭絵投了に背を向けた。
千頭絵投了に、背後を取ってきた者に、背を向けた。
「俺は帰る。高校は好きにしろよ。お前の言うとおり、お前は邪魔者にならなかった。すまんな」
それだけだった
それだけ。
千頭絵投了はその後ゆっくりと意識を失った。
今回は第三者視点から書きました。
初挑戦です。
できていたでしょうか?