黄龍クラーケン 二本目
俺の親友、朱佐黄龍がこんなことを言っていた。
「いつまでも大人に成れない人間は、どうなるんだろうな。いや、どんな人間になってしまうのだろう」
それまるで特定の人物を指すような口振りで、どこか邪険にするような、哀れな者を見るような発言であった。
俺は大して考えること無く、そんなのはいつまで経っても子供さ。図体ばかりでかく(缶コーヒーを片手に話す朱佐の姿は、とても様になっている)
「そうだな。そんなものは人間とは言わない。俺は、そんな風にはなりたくないな。生きている心地と、生きている意味が見当たらない。人間は成長する生き物だ。体も…心も、な。今のこんな平和な世の中で、誰が気付くだろうな」
「何を気付くって?」
朱佐は鼻で笑って、風になびく自分の髪を掻き上げながら…
「人間の成長に限界なんてない、という事さ」
朱佐は笑う。何を思って笑うのかはわからなかった、しかし彼には彼なりの思想があるのだろう。と、俺は素直にそれを受け止めた。
成長、ね。
「そろそろ授業が始まるな。戻ろう」
もたれるフェンスからぴょんと跳ね返り、朱佐は屋上から出る。
「後で飲んどけよ」
そう言って、彼は俺に缶コーヒーを投げ渡した。
飲んでなかったのかよ。
午後6時過ぎ。その時間まで俺は八雲と朱佐と共に学校から近いショッピングモールで時間を潰して暇を弄んでいた。
途中で先本と白崎のコンビと出会い、暫くは五人でショッピングモールを見て回ったが、5時あたりになって白崎が「バイトがある」と言って先に別れて、後に帰り道が一緒の八雲と先本は、八雲が送って行く形で共に帰って行った。
そして今は俺も朱佐と別れて帰宅の最中。
夏が近付くに連れて陽が昇る時間も長くなり、冬に比べると断然今の方が明るい。
道中で通った一軒の駄菓子屋。
竹宮亭である。
その古風な店の外装は、今の近代的な建物より一層古臭く感じるが、個人的にはこんな古風な造りは好きだった。
時代に取り残されるのではなく、何時までもそこに居座り続けるような。
もしかして俺が生まれる前からこの竹宮亭はあるのではないのか。
そんな小さな疑問を抱いて紙パックの自動販売機の横に自転車を停めて竹宮亭に入店。
「お帰りなさいませ!御主人様!!」
なんとも滑稽だった。
と言うか、引いた。
無意識の内に自分の左足が反射的に一歩引いていた。
そこには黒のストッキングにメイドエプロン、メイドカチューシャやその他諸々を着飾った白崎咲桜が溢れんばかりの笑顔でもてなしてくれた。
「今は晩御飯の御時間ですね。ご飯になされます?ライスになされます?それとも、お・こ・め?」
「どっちも同じじゃねえか!!」
「では、特製オムご飯を」
「オムライス、な」
「いやん、あたしったらまた間違えちゃった♪てへっ」
「萌え萌え〜キュ…ってやるか!!」
白崎咲桜が白崎咲桜ではなかった。
今の掛け合いでも御理解頂けるだろう。
失礼かもしれないが、彼女は自ら進んで地雷を踏みに行くような真似はしない。
そもそもメイド服姿なんてものを堂々と見せるようには思えない。
恥ずかしがり屋さんらしいし(先本小羽談)
「なんじゃ、つまらんのう」
彼女はその場でくるっと横に一回転すると、次に目を合わせた時は見事な朱色と橙色の着物を着こなした和服美人が現れた。
髪も黒色から明るい茶色に変化していて、後ろはお団子にして簪が数多く突き刺さっている。
金色の瞳のこの人物こそ、この駄菓子屋竹宮亭の主、妖怪九十九尾の竹宮千代美子である。
「せーっかくサービスしてやったのに、無駄に勘の働く奴じゃのう。つまらんつまらん」
むくれっ面を見せる千代美子。
姿形は二十代の顔立ちをしているが、かれこれ彼女は1000年生きているんだとか。
年を欺く妖怪である。
「っ痛ぇ」
「余計な事は語らんで良い」
殴られた。しかもグーパンで。
頭上にメテオでも落ちてきたようだ。
「とりあえず何か買ってゆけ」
小さな買い物バスケットを無理矢理俺に押し付けて、店にところ狭しとズラリと並べられている駄菓子コーナーへと案内された。「あと、これとこれ。そっちも捨てがたいのう。おぉ、これは先日入荷したヨーグルじゃ、懐かしいじゃろう?ほれ、買ってけ買ってけ。若い頃の苦労は買ってでもしろと言うじゃろう?」
一つ間違った表現が含まれているが、気にすることもなく千代美子は俺のバスケット(小)に駄菓子をゴミ箱のようにぽいぽい入れていく。
飴玉や10円ガム、のしイカに麩菓子、スナック菓子や一口スルメなどを大量に買わされた挙げ句。
合計1210円なり。
「こんなに買うか!!!」
バスケットの半分以上を元の場所に戻し、残ったのは飴玉四種類と袋詰めにされた麩菓子。
合計210円なり。危うくその場のノリで、ついうっかり、あろうことか何の予定もなしに一人では大抵処理できそうになさそうな大量な駄菓子達を買わされそうになった。
竹宮千代美子。あんたはその辺のキャッチセールスよりも危ない奴だ。
「ふん。せっかく儂のベストセレクションを特別に提供してやろうと思っていたのに。早よう勘定をすませろ」
勝手に提供しておいてからの逆ギレだった。
無茶苦茶すぎる。
古臭いレジの前までバスケットを持っていくと、そこには先程垣間見たようなメイド服のクラスメイトが立っていた。
「い…いらっしゃいませ」
このクラスメイト、リンゴよりも顔が真っ赤である。
艶のある黒髪に後ろはポニーテールで纏めていて、前髪から後ろにかけての中間にメイドカチューシャを付け、襟や袖口やエプロンの至るところにフリフリの飾り、白と黒の二色を着こなすクラスメイトは、白崎咲桜だった。
一体何のバイトなんだろうか。
千代美子の世話係、雑用、もしかして奴隷?
首にチョーカー付けてるしな。
「そんなに見るな」
顔を赤らめながら素っ気ない態度の白崎。
不馴れな手つきで駄菓子の数と金額を計算している。
「俺客なんですけど」
「………」
無視された。
レジでの計算に手間取っていて俺との会話は二の次の白崎。
レジからお釣りがでなくてあたふたしている。
赤面している姿がとても似合っておらず、俗に言う「ドジっ娘メイド」のカテゴリーに分類されるのではないかと思う程だ。
「ここをさ、こうやって」
レジが置かれている木製の棚を蹴っ飛ばす俺。
するとレジの口が開いた。
「おぉ」
驚いて声を上げる彼女。心底驚いているようだ。
「色々とコツがあるってこと。俺もここでバイトしてるから。」
わかんないこととかあったら言ってくれ。と言い放った後、再び頭上に衝撃が走った。
それの主は千代美子。目視している限りでは、その細腕のどこから怪力が発揮されるのだろうか。
「壊すな、といつも言っておるじゃろうが」
「元々壊れてんだろうが!それに、毎回毎回殴られたら俺の頭がぶっ壊れるわ!」
店長とアルバイト社員という関係とは言い難い口論だった。
と言うか軽い口喧嘩だった。
これも日常の内。
少し変化があるとすれば、俺と千代美子が言い争っている様子をあたふたしながら見守っている白崎がそこにいるということだった。
竹宮亭で一悶着終えた後。
事のついでという訳で、俺は白崎咲桜を家まで送り届ける羽目になった。
レジを壊した事を許してやる。千代美子の気まぐれで命令された事だった。
事のついでって…俺の自宅と白崎の家って反対方向なんだけれども。
「お前もあそこでバイトしてたのか」
隣で歩く白崎に問い掛ける。
今の彼女は竹宮亭にいた時のメイド服ではなく学校の制服だった。
しかしどうだろう。個人的主観だが、暫く見ている内に彼女のメイド服姿に慣れたのだろうかと思えば、かなり似合っていた部類に入る。
スタイルも良いわけだし、後はもうちょっと笑顔を見せてくれたら。
「痛っ!?」
急に足元に激痛が、踏みつけらたかの如く。
「何しやがる!」
犯人は勿論白崎咲桜だった。
俺の足をローファーで踏みつけて尚、その表情は変わらない。
「急にニヤニヤしていたから、悪い病気にでもかかったのかと」
「してねえよ!むしろその病気の原因はさっきのお前のメイド服姿だ!」
「変態」
むう。自ら墓穴を掘ってしまった。
「あれは…文化祭の練習というか…うるさい!」
妙にもじもじしながら、それでいて恥ずかしがりながら、最後はうるさいの一言で片付けられてしまった。(俺何も言ってないのに…)
それから彼女はぷいっと横を向いてこちらの弁解(というか言い訳)を聞いてくれなかった。
彼女の住む地域は、俺の住む所よりも道路の舗装や区画整理が盛んに行われていて真新しい綺麗な道路やガードレールや歩道があり、白崎も「ついこの間までは工事がうるさかった」などと嘆いていた。
住みやすくなっていく町。
それはそれで良いことなのだと思う。バリアフリー化もしかり、町が綺麗になることも悪いことではない。
八雲の住む町(俺の家から隣町)は急速に都市化をしていて、今では駅の近くに何件もの高層ビルや高層マンションなんかもできていて、結構人通りが多くなっているらしい。
「じゃあ、私はここで。」
気がつけば白崎家に到着していた。何の脈絡もない他愛のない話をしている内に到着してしまった。
俺は何かを忘れている気がする。
「ん。じゃあ気をつけてな。」
「家が目の前で何故気を付ける必要がある」
むう。またもや揚げ足。
彼女と話すとよくツッコミを入れられてしまう。
決して狙っている訳ではないのだが。
「例えばお前がすぐそこの玄関前で転んだり」
反撃を試みる俺。
しかし彼女はそんなことを耳に入れず、「それじゃあまた明日」と心無い挨拶を済ませて帰宅してしまった。
時計を見ると午後8時。
よく考えてみるとあの店、竹宮亭は何故駄菓子屋なのに夜まで営業しているのだろうか。
しかし俺の思い描く駄菓子屋の想像は日中だけ営業。つまり日のある時間にしか営業していないという個人的な偏見に辿り着くのである。
なので夜遅くまで営業している竹宮亭を、俺は駄菓子屋というカテゴリに入れずにいる。
夜まで営業している駄菓子屋。
普通だろうか。
まぁ、この御時世は色々と手を加えなければ営業も難しいのではないかと考える。
コンビニエンスストアもしかりスーパーマーケットも、はたまたデパートやショッピングモールも多種多様に様々な工夫を盛り込んで営業成績と売上を伸ばしている。
大人になるというのは難しそうだ。
成長。
生きる意味。
朱佐の言葉が思い浮かぶ。
策士兼イケメン担当の朱佐黄龍。
どちらにも皮肉が混ざっているがどちらも彼には合っている。
頭脳明晰。
成績優秀。
容姿端麗。
これだけあれば彼の説明には事足りるのだった。
朱佐の事を思い出している内に俺は自宅に着いた。
なんの変鉄もない二階建ての一軒家。
それが如月家である。
「ただいまー」
玄関から数メートル先にあるリビングには明かりがついていて、仄かに香る良い匂い。
きっと妹の彩が晩飯を作っておいてくれたのだろう。
「ただいまーっと」
リビングのドアを開けて再び帰宅の挨拶。
「にーちゃん遅い」
「邪魔してるぞー♪」
「お帰りなさい閃」
彩の他に客人が二人、一方はソファで寝転がりながらテレビのバラエティ番組を見ながら笑い混じりにこちらを見る女性、真姫那巫女さんと、テーブルで書き物に勤しみながらもゆったりとした落ち着いた声で俺の帰りを唱える女性、末永えいこ(すえなが えいこ)さんが出迎えてくれた。
「えいこさんはともかく、なんで那巫女さんまでいるんですか」
椅子に腰掛けてそのままカバンをソファに放り投げる俺。
えいこさんは彩の家庭教師としてよく我が家に来てもらっているし、家の裏のアパートに住んでいるのでご近所付き合いも長い方だ。
「いーじゃんいーじゃんそんなに邪険にあしらわなくてもさぁあ〜。あたしぁそのともかくのえいこさんに連れて来られた訳だから、正しくはえいこさんも那巫女様もともかく。だね」
ソファの背もたれから、ぐいと顔を出してけらけら笑う那巫女さん。
美人なのだが、その特徴的なしゃべり方と生活態度でせっかくの美人が台無しだった。
髪は真っ直ぐストレートで、明るい茶色とも言えるブラウンと金髪と赤色混じりのお洒落な髪色。
生まれつきと言っていた透き通った少し茶色掛かった瞳はまるで猫の目のようだ。
くすんだ黒色のツナギを着こなしていて、上半身からは白のチューブトップをちらつかせている。
自称カッコいいおねーさまなのだが、俺から言わせればただのだらしない年上の女性だ。
俗に言う残念美人。
残念という言葉に畳み掛けるが如く、彼女はソファの背もたれを倒してソファからベッドの形態に変形させると、そこに横向きに寝転がって足は親父よろしく器用にあぐらを掻いている。
楽な体勢になったようで、再びテレビを見ながらゲラゲラ笑う那巫女さん。
いや、中年のオヤジでもそんな格好はしないだろう。
「すまん、閃」
テーブルの反対側の席のえいこさんが軽く謝ったようだ。
視線を那巫女さんからえいこさんに切り替え、えいこさんの話を聞く。
「私も彩も料理が出来ないから、那巫女を呼んだ訳なんだが」
それも予測済みだった。
腰まである長い栗色の髪をローポニーで纏めているえいこさん。
彼女は料理が苦手だった。
個人的な偏見を挙げると、どう見ても料理は那巫女さんよりえいこさんの方が得意そうな気がする。
いつも落ち着いていて冷静沈着。今日は薄手の紺色のカーディガンで、中は薄いピンク色で丸襟のYシャツを着ている。下は黒のレギンスで、明るくもなく暗くもなく、落ち着いた色合いの服装だ。
今は黒渕のメガネをかけていて、一層インテリジェンスな雰囲気がする。
冷静沈着な末永えいこさんと残念美人の真姫那巫女さん。
「まぁ、いいっすよ。別に」
はぁ。と一息ついてお茶を汲む。
「今日はブロッコリーとアスパラのオレッキエッテとグリッシーニとコーンスープ風ババロアのサラダ添えとパンナコッタだよ〜ん」
全部冷蔵庫に入ってるから〜。料理の説明を終えた那巫女さんはまたテレビを見始めた。
那巫女さんは近くの駅前のホテルで働いている。
サービスマン、というかサービスウーマンなんだろうか。
あたしにできないこたぁない。と吹聴していて、フロントの仕事でもキッチンでの仕事も難なくこなしているらしい。
らしい。というのはえいこさん情報なので、俺がこの目で見た訳ではない。
しかし料理は素晴らしく、悔しいほどに美味しい。
上手いし美味いのだ。
多分グリッシーニというのは、テーブルの真ん中に位置されているシャンパングラスの中にある小麦色の棒だ。大きなプリッツにも見える。
時々それをポリポリ食べながら書き物をしているえいこさんがいつになく可愛らしかった。
「いや、これは失礼した。行儀が悪かったな」
苦笑いを浮かべて照れ臭そうに食べかけのグリッシーニを小皿に置くえいこさん。
きっと行儀が悪いのは那巫女さんが原因だと俺は勝手に解釈した。
「はい、にーちゃん」
俺の目の前には色鮮やか、というか少し緑が多めの豪華なイタリア料理が出てきた。
先程の那巫女さんの言葉で彩が冷蔵庫から出してきてくれたようだ。
「さぁ〜って、食べますか」
「は!?まだ食ってなかったのかよ!!」
思わず那巫女さんへタメ口になってしまった俺。
時刻は9時過ぎ。晩飯にしては遅い。
「彩ちんとえーこがうるさくってさぁあ。皆で晩御飯が食べたいんだとさ」
ソファからやっと動いた那巫女さんが台所へ回って食事の準備をする。
「帰りが遅くなってごめんなさい」
もう三人は食事を終わらせているのかと思っていた。
夕方から家庭教師で彩を見てもらっているえいこさんがつまみ食いをしてしまうのも頷けた。
「謝ればいいさ。彩、コップはどこだったかな」
「棚の左上にありますよー」
時々見える変わった日常。
彼女達との付き合いはかなり長い方だし、お世話になりっぱなしなので、俺は感謝してもし足りない状況だった。
えいこさんは彩の母親代わりになってくれているし(料理はからっきしダメだが)
那巫女さんは彩のお姉さんみたいなポジションだった。(しかし料理は上手い)
はぁ。ともう一息ついて、俺は晩御飯の準備をする三人を手伝うことにした。
カバンの中で震える携帯電話に俺は全く気付かず、着信は二件あり。
朱佐黄龍と鳶町八雲だった。