咲桜マーメイド 完結編
早朝5時。
日は昇っているがどこか涼しさを感じる早朝に、俺は目を覚ました。
隣では白崎咲桜がスヤスヤと寝ている。
寝息を立てる彼女の横顔が、どこか幼さを感じた。
手っ取り早く身支度をして出かける準備を行う。(身支度と言っても荷物は着替えしかないので、顔を洗ったり歯を磨いたりなどの普段の日常とあまり変わらなかった)
布団を締まっている時に、白崎咲桜が目を覚ました。寝癖が全くついていないストレートの黒髪に色白の綺麗な素肌。まだ眠そうに目を擦っている。
「おはようさん」
「………おはよう…ございます」
目をしょぼしょぼさせながら、丁寧な挨拶だった。
それから一緒に布団を畳んで、彼女の身支度を済ませた後旅館からチェックアウトする。
これから行く目的地は一つ。
湖の近くの鍾乳洞にある御堂である。
湖へ向かう途中、白崎が尋ねてきた。
「竹宮という人は、一体何者なんだ?」
竹宮千代美子。駄菓子屋竹宮亭の主である。
その正体は…
「俺と同じ。…みたいなもんかな。まぁ俺とあの人じゃレベルが全然違うけど。妖狐だよ、純正のな。」
竹宮千代美子。その正体は妖怪である。
純粋で純正の妖狐。
狐の妖怪といえば化け狐や九尾の狐を連想させるが、竹宮千代美子は、化け狐と九尾の狐を超越した九九尾である。
九尾の十倍。プラスもう九本の尾を持つ狐の妖怪。
彼女は九九の姿に化けることができる。
姿や形。人間にだって動物にだって、有機物ならどんな姿にだって完璧に化けることができると吹聴していた。
完璧に。
成りきる事が、為りきる事ができる。
驚くことに、一度化けたその姿の身体能力や特徴などを自分の意思で強化させ、高いステータスを作ることができる。
若い女性の姿に化けたのなら、モデル級の美女が出来上がる。老婆の姿に化けたなら、屈強な体つきをしたプロレスラーのような老婆や、皺や身体も弱りきった見るからにご年配の老婆にだって化けることができる。
かれこれ1000年以上は生きているらしい。
聖徳太子にも会ったことがあるとかないとか。
かの有名な薩長同盟を結ばせた人物の根性を一から叩き直し、奮起させた影の功績を持っていると自慢していたこともある。
昔百鬼夜行にもいたとかなんとか。妖怪ぬらりひょんの孫とも、現在交友関係があるらしい。
「あの人が、妖怪…」
「そう。色々とその手の知識があるのはあの人自身が妖怪だからで、お前を助ける手を教えてくれたのは…多分、人手が欲しいんだと思う」
竹宮亭。現在アルバイト募集中。駄菓子屋なのに。
「等価交換…か。錬金術師…まさかお前」
「俺に鎧姿の弟はいない!」
白崎咲桜。意外とそっち系もわかるのだろうか。
外見からは到底想像できない。
ちなみに竹宮が扱うのは錬金術ではなく、どっちかといえば妖術だったり呪術だったり。
陰陽道や風水もかじっていると聞いたことがある。(陰陽道は、最近式神を操るロリ顔女子中学生陰陽師に危うく退魔されかけたらしいので、対策を練っているとのことだ)
「陰陽師って…実在するのか?」
「そうらしいな。ほとんどは政治の世界にいるって聞いたぜ。実際見たわけじゃないから俺は半信半疑だけれども。あ、これやるよ」
ズボンのポケットから一枚の紙を渡す。カルタの札のような和柄な紙で、表は真っ白な色をしている。
「これは?」
「この前竹宮亭に行った帰りにな。自分で使ってもいいしお前にあげてもいいって、すごい曖昧な言葉残して押し付けられたんだ。俺はもう一枚同じような紙もってるから。」
財布から同じ紙を見せる。その紙は真っ黒な色をしている。
「御守りかなんかだとおもってくれ」
そう言って俺は彼女に白い札を渡した。
「お前封札師かなにかか?」
「封札師でもないし秘法眼もありません!」
軽くツッコミを入れた後、白崎は制服の胸ポケットに札をしまった。
「…………ありがとう」
ボソボソと、微かに聞き取れる声で彼女はお礼をした。
当然、人間離れした俺の身体能力の聴覚はその微かな声も聞き逃すことはない。
「どういたしまして」
俺がそう言うと、彼女は俯いてそれから返事をしなかった。
「どうした?」
彼女の顔を覗こうとすると、プイとそっぽを向かれてしまった。
白崎咲桜。気難しい性格なんだろうか…
いささか怒っているようにも見えなくもない。
「人に……もらったことなんて、初めて…だから」
顔を見られたら困る。と吠えるような訴えだった。
無茶苦茶な言い草だ。
「時々お前のキャラが色々とおかしくなるが大丈夫か?」
ストレートに質問してみると、
「それは私がおかしいのではなくて作者がおかしい」とストレートに返された。キリッとした顔で、なんてメタな回答をする子なんだ…。
「そういえば」
今度は彼女から話題を振ってきた。
「文化祭は、どうしようか」
学業的な話だった。
そういえば俺と白崎はまともに文化祭のことについて打ち合わせをしたことがない。
文化祭の実行委員に抜擢されのはゴールデンウィークを過ぎた後だし、そして彼女はゴールデンウィークを過ぎてから、呪われてしまった。
打ち合わせと言っても、クラスの出し物やクラスの予算や使用する教室などだ。
「今決めなきゃいけないのは、俺達のクラスの出し物かな。未だに決まってないの俺達だけだし」
「何にしようか」
「メイド喫茶とか」
「お前の趣味は聞いていないんだが」
「趣味じゃねえし!クラスの男共から聞いた願望だ!」
ちなみに俺が提案した輪投げは即却下された。
「まぁ後は女子達の提案も聞いて帳尻を合わせるだけさ。まとまらなかったら、俺達で決めようぜ」
「仮にメイド喫茶をやるとしたら、やるとしたらだぞ?男子達は何をするんだ?」
「むう」
何を…するべきだろう…。
喫茶店なんだから…軽い食事。
「男共には裏方や料理をやってもらおうかと。女子には料理や飲み物の運びや接客だけで。これなら、男女平等に仕事の分配ができるぜ?」我ながらいいまとめ方だと思ったが、クラスのみんなに聞いてからだな。という白崎の一言で一蹴された。
文化祭の話も出来たし、今の白崎咲桜には至って何の変化もない。
「私は…」
急に彼女の声のトーンが低くなる。
「これを返したら…どうなってしまうのだろうか」
これ。というのは彼女が持つポーチの中身のことである。
「………………。」
俺も彼女も、そこで口が止まった。
どうなってしまうのだろうか。
彼女が御堂に人魚の石を返したら、呪いは解けるのだろうか。
そんなに物事がうまく運ぶだろうか。
相手は、妖怪だ。
人外の存在。
人の常識なんてきっと通じないだろう。何事もなく穏便に事が終わるといいが、その時俺は。
一体何をしたら良いのだろう。
「すまない」
不意に、白崎が謝罪を立ててきた。
考えている最中だったので、俺は声も出せずにきょとんとした顔をさらけ出してしまった。
「色々と、迷惑をかけた」
「そんなこと今更すぎるって。とりあえず、今は呪いが解けたことを想定して、文化祭の予定でも考えようぜ」
取り繕うように、俺は笑って見せた。
その笑顔を見て、彼女はプイと横を向いてしまったが、まぁ仕方ない。
それから俺は持てる知識を出しきってクラスの出し物を提案し続けた。
彼女も――――――白崎咲桜も一緒に提案を考えてくれた。
ほどよく歩いて、過ぎた時間は20分。
ついに俺達二人は湖に到着した。
「御堂って、どの辺り?」
白崎は湖の岸辺から森へ続く獣道あたりを指差した。
湖の周りには緑が覆って、早朝のお陰で湖の水平線あたりには少し霞がかかっている。湖から左に逸れて、林の中へ入っていくと、ジグザグした獣道が俺達二人の道を記してくれた。
青々と茂る林の中、先人達の残した道筋を辿っていくと「ここを右に」と、白崎が鍾乳洞への近道を指した。
林の中をくぐる際、俺は自分の自己紹介をすることにした。
今思えば、彼女には自分の名前ぐらいしか話したことはない。
場を和ます戯言、という訳だ。
「まぁ今のところは、2つ年の離れた妹と二人暮らしかな。母さんは俺がガキの頃に死んじまったし、父さんは海外で出稼ぎ中」
「私は…妹とおばあちゃんと三人暮らしだ。父も母も、もういない」
離婚。
二人の姉妹を抱えて、彼女の父と母は離婚したらしい。
その後は母親の祖母の下に預けられて、ここまで育ったのことだ。
もういない。
その一言は、とても悲壮感漂うような、聞いていた俺も気分が落ちるような雰囲気だった。
彼女の両親が離婚したのは、彼女が小学校に上がってすぐのこと。
「お前も色々と大変だったんだな」
親がいないということ。
父も母も消え、残ったのは自分と妹。
俺自身も母親はこの世にはいないけれど、家族思い(?)で俺と妹を食わせていくために身を挺して海外へと仕事の幅を増やしていく父親と、幼くして母親を亡くした中、母のこなしていた家事を率先して行う妹がいる。
大事な家族だ。俺はそれに支えられて生きている。
彼女には。白崎咲桜には、そんな人物がいるのだろうか。
「ついたぞ」
獣道から道をはずれて近道をした俺達二人の目の前には、
広く深い暗闇を纏った小さな洞穴が、周りは苔や伸びに伸びきった植物のツルがお互いに絡み合いながら洞窟のアーチを作っている。
鍾乳洞というよりは、洞穴だった。
遠い昔に人工的に作られたようで、入り口の側には苔むしたお地蔵様が奉られており、近くでは水の流れる音が聞こえる。
「雰囲気感じるな。いかにも何かいそうな」
ポリポリと頭を掻き、もう一度辺りを見回してみる。
特に何の気配も感じない。
妖気。みたいな。
なんちゃって半人狼の俺にでさえ、人以外の異様な雰囲気を放つ気配は読み取れる。
ちらと隣の白崎を見てみると、表情はいつもと同じだったが、唇は青く、首もとには微量ながらも汗が垂れていた。
「さて、行くか」彼女も頷いたことで、洞穴へと足を運ばせる。
お互いの携帯電話のペンライト機能を付け、真っ暗な洞穴の内部に明かりを二点灯火。
天井から水の滴る音。湿った空気。蝙蝠の騒ぐ音を感じ、先程までとは慎重に進んでいるため、もう何時間も洞穴に居座っているような錯覚に陥る。
「こんなに暗いからさ。なんか明るい話でもしようぜ」
「………」
応答がない。まさかはぐれたりしたってことは。
携帯電話で足下を照らして見ると。
よかった。俺と同じく隣に彼女の足下も明かりに照らされている。
「話聞いてたか?」
不意に、携帯電話の灯りを彼女の顔を照らしてみる。
「ひぁ!」
どこの声帯から発せられたであろう、白崎咲桜らしからぬ可愛らしい驚きの悲鳴に俺も驚いた。
灯りを照らしたままなので、携帯電話を持っていない方の手で頭を覆うような格好に、若干腰が引けている。
なんともシュールで滑稽な光景だった。
「照らすな!見るな!!」
赤面しながら叫ぶ白崎。普段からは見えない冷静さを無くした表情が面白い。
「……大丈夫?」
イタズラながら質問してみると、プイッとそっぽを向かれてしまった。
「少なくとも一回はここに入ったことのあるお方がねえ」
「怖いなんて言ってない!」
「怖がってるなんて一言も言ってないぜ?」
「うぅう…前に来たときは…こんなに暗くなかった」
言い訳がましく、加えて洞穴に悪態を付く白崎。
気分が乗ってきたことをいいことに、
俺は白崎と他愛のない会話に勤しみながら洞穴を進んで行った。
中でも彼女は中学時代に朱佐と同じクラスだったので普段からは見られない朱佐黄龍の過去の話(いわゆるカコバナ、ぶっちゃけると武勇伝だった)
一体どれ程歩いたのだろう、と思った矢先。
俺達二人は一寸先の闇の中に小さな光を見つけた。
「あそこだ。天井が崩れていて、一点だけ明るくなっている。」
彼女の声色が変わった。震えているようにも見える。
「そのすぐ側に、御堂がある」
一点の光を目指して進む二人。
白崎は強張っていてそこから先は喋ることはなかったし、俺も緊張してきた。
柔らかな朝日の光が見えるが、辺りは真っ暗な闇。
湿気も纏うことで、洞穴を吹き抜ける冷ややかな風も、何もかもが緊張させる。
「これが、御堂ってやつ?」
光に照らされて薄明かりの中、ようやく目的地へたどり着いた。
「そう」一言だけ呟いて、彼女はそこで硬直してしまっている。
薄明かりから映し出される景色は、中心に奉られている御堂と、壁画のように壁全体にびっしりと彫られている魚の鱗や様々な奇怪な文字の数々。
この御堂辺りは一つの部屋のような作り方になっているようで、俺達二人が通ってきた通路のような道の上には、岩で形作られた大きな鳥居が建てられている。
その両横には二対の人魚を模して作られた石像。
二対の人魚像に見ていた俺の後ろで、何かがもたれ掛かってくる重量が重なり、一瞬で振り向いて辺りを確認すると、白崎が崩れるように倒れていた。
「白崎!」
抱き抱える形で彼女の名を呼んでみるが、依然として彼女はぐったりとしていて目覚める様子はない。
おいおいおいおい。すっごくヤバくないかこの状況。
呪いの進行として見た方がよさそうだが、ここから先どうすればいいのかなんて俺は知るよしもないし。
その時俺は尋常ではないほど焦っていた。
呪いの進行も然り、この闇一帯の中ただ独りという空間。
闇という不信や不安や恐怖。
白崎咲桜の、死。
ここで俺の意識は停止を迎える。
気が付けば後頭部に鈍痛が走っていた。
手足の感覚を探ると、足は自由に動く。
二の腕辺りにロープで縛られていて手は不自由だ。
やっと視界が慣れてきたようで、御堂の前には白崎が倒れているのを目視できた。
そして俺は人魚像のところで手を縛られて拘束されていた。
「才………華…」
倒れている白崎が、口を開いた。
どうやら倒れているだけで、意識はあるようだ。
「そうだよ」
御堂近くの薄明かりから一人の人影。
「おねえちゃん」
一人の少女が、白崎咲桜を姉と呼ぶ。
「どうしてあたしがここにいるのか。って顔、してるよね」
「なんで……才華が…」
「わからないの?気付かないの?おねえちゃん。ここまで来てわからないの?彼氏みたいな男なんか連れてわざわざこんなところまで来て旅行って話?」
嘲るように、罵る、嘲笑う少女。
彼女は白崎咲桜の妹のようだ。
俺の聞いた限り、白崎の語る妹の人物背景は皆無である。
姉を嘲笑う、妹。
「ま、これからおねえちゃんはこの世からバイバイするんだから。冥土の土産に教えてあげるよ」
けらけらと笑う妹。
動かない姉。否、彼女もまた俺とどうように縛られて拘束されていた。
手足の自由を失い、そこで不安と絶望を味わって。
「なんであたしがおねえちゃんにこんなことしたか御理解いただける?」
姉に近付いて、絶望に満ちた実姉をまじまじと見つめる白崎才華。
「あんたがあたしからお母さんとお父さんを奪ったからよ」
正確には引き離した。が正しいかな。と憎々しげに才華は姉を見る。
「私…が…」
白崎咲桜の声は震えていた。
「お父さんがあんたの名前つけたんだってね。それであたしの名前はお母さんがつけた。お父さんは自慢の長女を溺愛し、溺愛の末………自ら長女に手を掛けた」
「やめろ!!」
猫なで声が響く中、咲桜が叫ぶ。
「それを見たお母さんは、あたしたち姉妹を自分の祖母の下へ逃がす形で引き取らせ、そして離婚。……あんたが悪いのよ。あんたがいなければ、お父さんがおかしくなることも、お母さん達が離婚することもなかったのに」
「それに気を使ってるのかもしれないけど、母親面したり、色々甘やかしたりすんの、うざったいんだけど。正直見てて目障りだし虫酸が走るの」
「才華…」
「家族を奪われた気持ちがわかる?奪ったあんたには到底わからないと思うけど、だから…昔家族四人で行ったこの湖で」
殺してあげようかな、なんて。
彼女は言い放った。
実の姉に。
家族に。
「恨んで…たのか…」
泣き声、に近い呟き。
「はぁ?恨む?何言ってんのよ。そんなことじゃなくてー。あたしはー、優しい優しいおねーちゃんのことがー」
コツ。コツ。コツ。
ヒールの踵の音が響き渡る。
「死ぬ程だぁぁぁぁいっ嫌い。だったのよ」
うふ。
笑って、憎々しげに笑って、白崎才華は甲高い声で笑う。
勝ち誇るような笑みと実の姉を虫けら同然、それ以下の物を見るような冷たい目で下にひれ伏す姉を見つめる。
「呪いが進行してこの石を壊してしまえば、あんたはこの世からサヨナラバイバイ。よかったじゃんおねーちゃん、これで楽になれるよ」
ていうか早く死ねよ。気持ち悪い化け物。
ヒールで。
ひれ伏す咲桜を蹴り飛ばし、悦に浸って笑う才華。
姉の咲桜は嗚咽を吐くだけでもう何も喋らない。
しかし何度蹴飛ばされても、彼女はずっと妹を見つめていた。
「大体虫が良すぎるのよ。家族が離れ離れになったのに。にも関わらずあんたは平然とあたしに優しく振る舞った。なんでそんなことできるわけ?普通はできるわけないでしょ。あたしがお父さんとお母さんの事を覚えてるのに、話がしたいのに、会いたいのに、抱き締めてもらいたいのに。なのにあんたはそれを…わかっていたはずなのに、察していたのに平然と優しくした。」
くい、と咲桜の顎をヒールの爪先で持ち上げて彼女の苦痛に歪んだ顔を見よう。と才華は思った。
私が味わった寂しさを痛みで知らしめてやる。
腹部や体の至る部分を何度も蹴り飛ばした。これ以上無いくらいの絶望を味合わせてあげた。
姉妹であり家族でもある私の裏の、本音。
それを見せたはずなのに。
「何よ」
心が揺らぐ。
「何よ。その目。その顔」
見下していても、姉は、白崎咲桜は、私の方を見つめていた。
ずっと。揺らぐことなく、真っ直ぐ。
その芯のある瞳に、才華は揺れる。
「見ないでよ。化け物の癖に…」
一歩足を後退させる。しかし姉は視線を変えることなく妹を見続ける。
「見ないでって言ってるでしょぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
耳を裂くような叫びが巣窟内を反響し、才華が左手を振り上げる。
「死んじゃえぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
補足事項。
白崎咲桜は人魚。化け物であり、この俺如月閃。
俺も化け物だった。
白崎才華が振り上げた手に持っていたのは、姉である咲桜を呪った人魚の石だった。
白崎咲桜は何を考えていたかは分からないが、俺は人が死ぬのを見るのは嫌いだ。
伸縮自在の爪、両手の爪を伸ばし、指に力を入れる感覚で爪の硬さを最大限まで構築させる。
軽く指を動かすだけで体に巻き付いて自由を奪っていたチェーンと綱を裂き、なりふり構わず白崎才華に体当たりを打ち咬ました。
なんとも単調な考えだったが、彼女が叫び声を上げ錯乱している今こそが好機だと確信した。
体当たりの際、さりげなく人魚の石を才華から奪取し、その場に倒れている咲桜を抱き抱える。
全身に裂けた傷や切り傷などが目に見える彼女は、息をするのも辛そうであった。
顔には擦り傷、服は所々汚れや裂けた痕が多々見られる。
「大丈夫。じゃなさそうだな。」
「才華……」
妹の名を呟く咲桜。
目には涙。
「死んじゃえ」
後方からぐったりと起き上がった白崎才華が、力の限り何かを投げた。
鉱物の砕け散る音。
反響する砕け散る音。
「あ。っははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。バイバイおねーちゃん!これで伝承通りあんたは人としての一生を終えるわ!ばーいばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」
反響し、響く白崎才華の高笑いの声。
偉業を成し遂げた。
邪魔者を消した。
歓喜の高笑い。
俺が彼女から奪取したものは人魚の石ではなかった。
「うっ…」
突然咲桜の体から青白い霧が、光とも読み取れるそれは、彼女の体から離れて行き、その場をふわふわと漂い、一帯を霧で覆い尽くす。
「これで白崎咲桜はいなくなった!残ったのは私だけ!!お父さんもお母さんも帰って来てくれる!!!そうしたら…………」
それから才華の声は途絶えた。
霧で視界が良くない状態で俺が見た光景は。
彼女が霧に包まれて、その霧がまるで人魚の形をしているようで、その人魚の形をした霧が彼女の肢体に巻き付き。
手の形をした霧で彼女の首を締め上げ。
口とも言える部分で彼女の頭を喰らう様に。
霧は彼女に溶け込んで行った。
全ての霧が才華に溶け込むように同化して行くと、辺りは以前と同じ薄明かりで湿った空気を帯びた状態になった。
広間には御堂。鳥井と二対の人魚像。
御堂の側では才華が地に倒れている。
「き…如月…」
抱き抱えている手から、うめき声のような声で咲桜が口を開いた。「才華を…」
そこで咲桜は意識を失ってしまう。ぐったりと、ぐにゃりと首を落として気絶してしまった。
まいったね。
ひとまず咲桜を抱き上げて、才華の側に近付いて見る。
薄明かりの中でも認識できる粉々に砕け散った人魚の石。
本来は御堂に、あるべき場所に返すはずだったのに。
人魚を象った霧も、人魚の呪いなのだろうか。
大の字になって倒れている才華を担ぎ上げ、俺は女性二人をおんぶする形で洞穴を出た。