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咲桜マーメイド 後編

おっと。



ひょっとしたら寝ていたのかもしれない。

慌ててズボンのポケットの中の携帯電話を取り出して現在の時刻を確認する。



よかった。駅から発車してからそんなに時間は経ってはいない。


丁度よく車内アナウンスが謳う。あと一時間で目的の駅に着くとのことだ。


たしか…彼女の貴重な笑顔を見てから、寝てしまったのだろう。


隣にはすやすやと寝息をたてながら座席で眠る白崎咲桜。



長い睫毛。良く手入れの行き届いた綺麗な黒髪。


普段は鉄面皮のような無表情を表す彼女のこの寝顔もまた、笑顔と並ぶ貴重なものだった。



これから何が起こるのか。




行き先。湖の鍾乳洞の中の御堂


目的。

白崎咲桜が持っている人魚の石を、御堂に返すこと。


テレビドラマやアニメやマンガの見すぎなのだろうか。

こういう時というのは、なんだか嫌な予感しかしない。


だって俺狼人間もどきだし。


狼人間という言葉事態にこそ現実味が全くない。

テレビゲームである。マンガである。とある小説のキャラクターである。二次元の世界や昔話や童話。はたまた神話などでしか語られないような言葉だ。



狼人間に噛まれた傷痕はもう消えてはいるが、満月の日には時々首の傷痕あたりがズキズキ痛む。(首に痛みを感じた時は、いつも満月なのだ)




過去を思い出す。

そう。あの時の俺はお人好しだったのさ。と、軽く自己解決で自己満足で終わらせる。

見ず知らずの、しかも狼人間を助けた自分が悪い。(まぁ狼人間だったというのは後から聞いた話なのだが)


仕方ない。と今は割りきっている。



人間は失敗から物事を学ぶものだ。



では狼人間はどうなるだろう?




外の景色はもう夕方になりつつあるようだ。

それを確認したすぐ後に車内からのアナウンス。

間もなく到着する。


座席の上に置いてある鞄を下ろして降りる準備をする間際―――――そうそう、白崎を起こさなきゃ。

鞄を座席下に下ろして隣の席を見てみると、彼女はすでに起きていて、夕方の景色を見ていた。夕日がオレンジ色に見える。


「起きてたのか。」


こくん。と景色を見ながら頷く彼女。


「もうすぐ到着だってさ。降りる準備しておけよ」


もう一度頷いて、彼女は自分の荷物を持って座席に座り直した。







午後6時。旅館前。


駅から数十分歩いて到着した旅館。

我々二人が宿泊する宿である。

湖から近いので、竹宮が事前に手配してくれたらしい。(宿泊費などは当然俺達二人持ち)



割と古風な造りになっていて、武家屋敷のようである。

決して汚いわけではなく、手入れや掃除も満遍なく行き届いている。




旅館内も綺麗だった。廊下もホコリ一つ無い、ぴかぴかに磨かれている。

料理の方は、宿泊金額相応の物が出された。かといって不味くはない。いたって普通の和食。


「すっげ。ここから湖が見える。」

俺達二人が泊まる部屋の窓からは湖が見える。

窓を開けたらそこから先は湖。

景色は湖一色。その湖に写し出される月。なんとも幻想的だ。


風が吹いているようで、水面が揺れ、それに映る月もぐにゃりと歪むように揺らめいている。


「………近い」


布団の中にいる白崎が呟く。

一人だけ自分で布団を敷いていた。


まだ夜の8時回ったばかりなのに。最近の女の子って早寝なの?


うちの妹は11時ぐらいに寝るのに。年の違いで就寝時間が違うのだろうか。他に理由があるのだろうか、今の俺では解明できなさそうだ。

「近いって何が?」


「……なんでもない」

即会話終了。実にシンプルである。

しかも質問には答えてもらっていない。


「思ったんだけどさ」

つられて布団を敷く俺。彼女の布団との距離は遠い設定。



「お前本当に白崎か?」



彼女は寝返りを打つだけである。

まぁ…気をとり直して、今のはただの戯れ言ということで。

せっせと布団を敷く。


「ではお前は誰なんだ?」


布団が喋った。ではなく、布団に潜った白崎からの質問。少しばかりか、声のトーンが低い。

布団に潜っているお陰で声がくぐもっているせいではなかった。

「質問に質問で返すなよ。俺は如月閃。ご覧の通り丸腰だ。」

敵ではないよ。と付け加える。普段はしない俺の貴重なボケの振りに構わず、布団からはモゴモゴと喋る声。



「私は私。白崎咲桜。」


「いや。俺の思い描く印象とは若干ギャップがあるんだよね。なんとなく。お前は白崎であって白崎ではない。ん〜。多重人格?竹宮亭の時と今じゃ全然ちがうもんお前。」


「ここは私の場所だ。力も強くなる。つまり、意のままなんだよ。この私こそ私だ。呪いだって知ってるのだろう?」


声は白崎咲桜のそれと変わりはなかったが、雰囲気と布団からにじみ出る気配は全くの別物だった。

過去に感じたことがある。人ではない気配と雰囲気と威圧感。


「いつからだ。いつからお前が出てきた?なんていうか…もしかして全部お前だったのか?」




「いつも。いつもいつでも私は私さ。当然、この体の主だってこの光景を見ているぞ?毎日毎日毎日毎日毎日毎日怯えながらな。私と小娘の意識は共有しておる。ただ、日が経つに連れて私の力が強まっていっておるだけの話だ」

「なるほどね。意識はあっても表には出て来れず―――――今の白崎には意思がないのか。」


確認完了。今布団の中にいるのは、たかが変な石っころの精神だ。

「白崎を返せ」


言いたいことはそれだけ。語勢を強めてもう一度言う。

「返せぬ。と言ったら?」

嘲笑うような質問が返ってきた。


「腕ずくで返してもらう。荒業と力業で。」

表現に出していなかったが、彼女が布団に潜った時からただならぬ気配が俺の体を突き抜けていく。布団からの殺気と冷気。




「条件がある」

「条件?」

反射的な受け答え。布団は話を続ける。

「そうだ。明日の明朝に、湖の鍾乳洞の御堂へ来い」



「言われなくても行くつもりだよ」

「そして私の肉体を御堂へ奉れ。以上だ」



「それで白崎は返してもらえるんだな?」


それから返事はなかった。

まさかのノーコメント。おいおいおい!話になってないし答えも聞いてねえじゃねえか!


「答えやがれ!」




その時先程の殺気や冷気は徐々に薄れて行くようで、しびれを切らして俺は勢いよく掛け布団を引き剥がした。





衝撃の映像。


中には浴衣のはだけたほとんど裸の白崎咲桜が一人。


横になって丸まって寝ている。

一本一本が細く、いつも一つに纏めているポニーテールをほどいた長い髪。閉じた瞼に長い睫毛。唇はほんのり桃色になっており、新幹線の車内で見たような血の気の無い唇ではなかった。



帯が緩んでいて、艶やかに魅せる肢体と浴衣。





な…ナイスバディ。


ふと彼女と目が合った。



あ、寝てたわけじゃないんですね。


気が付いたら吹っ飛んでいた俺。起き上がると同時に腹部に鈍痛。

勢いよく腹を蹴られた模様。

「おおおおおぉぉぉ。お前ぇぇぇぇぇ!!」



発狂して半泣き赤面の白崎咲桜。

何がどうなったのか意味不明な俺。


どうしてこうなった。


「ちょっと待て!布団を引き剥がしたことは謝るから!まずは確認!そう自己紹介!な?俺は如月閃」

煩悩を刺激する生々しい映像と鈍痛でパニック状態の俺。

本日二度目の自己紹介の如月閃です。その直後に枕の投擲。


見事顔面で受け止めて尻餅を着く俺。



「ふざけるな!裸の確認する奴の話なんて聞けるか!!」

布団を引き剥がしたのは、何を隠そうこの俺だった。




こっち向くな!と座布団の投擲。見事両手で受け止める俺。


今度は俺の方が布団に潜る番だった。

布団を被ってからでも聴こえる、浴衣を着る生地の擦れる音や帯を締める音が妙にいやらしく感じられた。

少し経ってから布団越しからの鈍痛。多分また蹴りだろう。俺の脇腹に100ダメージ。


「………話がある」


高圧的な声だった。まだ根に持っているに違いない。

「布団越しでいいのなら」

身を縮めて防御の姿勢を作る。脇腹って案外蹴られると痛いのだと痛感した。

「聞こえにくいんだが」

「こっち向くなって言ったのはそっちだぜ」

「謝るって言ったくせに謝罪の一言もないぞ。嘘つきの変態の布団野郎」


へんなあだ名をつけられた。

さながらあっちはさっきまで布団女だった癖に。

「っ痛てっ!」

再び脇腹を蹴られた。しかも同じ場所。謝罪が無いのならまた蹴る。との脅迫を受けた。

「ごめんなさいごめんなさい。お許し下さいお助け下さいごちそうさまでした」


暫くの沈黙。


モソモソと布団から顔を出してみる。

目の前には白崎が体操座りで畳の上に腰を降ろしていた。

「謝りました」


「最後の言葉の意味がわからないんだが」

「………誤りました」


文章でしかこの表現を表せないできないのが残念である。

「もう怒ってない」


「ごめんなさいでした」

ひたすら謝ってからの布団から脱出。

「白崎…咲桜か?」


「もちろん。白崎咲桜。お前と同じ文化祭実行委員だ」

「好きな食べ物は?」



「卵かけご飯」

「TKG!!!」

思わずツッコミを入れずに現代風に略してしまった。

ツッコミ担当と自嘲していた自分が嘆かわしい。

「今はアレはいない。私の体のままの私。白崎咲桜だ」

アレ。きっと、先程彼女が布団に潜っていた時の声の主。


ただの石っころの意思なのだろう。


「アレは今お前の体にいないのか?」

「今は感じない。自分の体に…自分とは違う他の意思はない」

多分。と、自分の胸に手を当てる白崎。


「でも、気配は感じる。体の中にいた時とは違うような…大きい力の気配」

顔を下にして俯く白崎。微かだが震えている。怯えているようにも見える。

「……………」



そのまま無言の白崎と俺。無言だからといっても、俺はぐちゃぐちゃになった布団をせっせと元に敷き直している。泊まりに来ているのだから、礼儀としてね。ちゃんと布団を敷いて、マナーを持って宿泊。

「そういえば」

ふと、白崎が沈黙を破った。


「どうしてプールに落ちた私を引き上げたんだ?水の中で見たんだろう?私の体」


と、思い出したように問う。

人を疑い、探るような目付きだった。先程の怯えたような表情はすでに消えている。

こういうところがメリハリあるんだよな。割りきっているのか。


人格が違うような。



「俺も…似たようなもんだからさ」

ニカッと快活に笑って見せる。

同類。だけど今では後々の自分の成長を促したイベントのようなもの。


ロールプレイングゲームの主人公が悲しい経験をして、悔しさや悲しさをバネにして強くなっていった話のような。


簡単に言えばそんなもんなんだったよ。って。


それだけの話。



こんな経験もたまにはいいもんさ。

俺は最後にもう一度笑って言葉を締めた。

「同類…」

俺の台詞をリピートして考え込む彼女。


「俺は自業自得っていうのを身をもって体験体感したんだよ」

そう付け足して、俺は再び布団に潜った。



布団に潜ったとしても安易に眠れる訳ではなく、俺はしばらく眠りにつけなかった。

目を閉じると、今まで起こったことがカメラのフィルムのように浮かび上がってくる。


すぐ横で、もぞもぞと動く気配がしたが気に止めなかった。

「まだ起きてたのか?」


「あっちにいると冷房が直に当たって寒い」


リモコンってないのかよ。と、問う。

「オンとオフのスイッチしかなかった」


かなり古いタイプの冷房らしい。「…………ありがとう」


御礼を言われた。ここにきて初の御礼。今思えばここまで一回もまともに彼女と会話をしていないと思う。

いや、うまく会話が成立していなかった。と言う方が正しかった。


今の彼女には彼女自身の意志が通っている。そう感じる。

口調こそあまり変わりはないのだが、確固たる強い意志がひしひしと伝わってくるようだ。


「なんてことないって。友達だから助けたまでさ」

彼女の強い意思に呼応して、自分も本音を告げた。

友達が苦しんでたら助けろ。と、幼い頃に母親に言われたことがある。そう告げて――――――母は逝ってしまった。


それ以降俺は友達を見捨てたことはない。

その延長線のような親切心を狼人間に振る舞ってしまったから。

俺は呪われ俺は自分を呪った。

「私が…友達…」


「おう、友達。同じ文化祭委員の相方だからな」

「チャラいんだな」



背中に鋭利な刃物で刺されたような気がした。

「しかも偽善者みたいな」


背中に鋭利な刃物で刺され、さらにまた同じ箇所に刺されたような気がした。


「そう言われても仕方ないんじゃなかな?悪くいえばそうなるし。でも俺は変える気はないぜ?このスタイル」


チャラくても偽善者でも構わない。

だが俺は友達を大切にする。

友達を助ける。


それだけだ。言い訳も弁解もしない。

「そう返ってくるとは思わなかった。言い訳するか…怒るかと思わなかった」

鎌をかけていたらしい。

「怒んねえよ。事実だし」

怒っていない証拠にハハッ。と笑って見せる。何故鎌をかけていたのかは不明だが。

「噂通りの奴なんだな。小羽の言った通りだ」

ここで先本小羽登場。白崎咲桜の友人であり、俺と同じ中学校に通っていた少女。


「噂って、一体どんな噂だよ。先本の言ってたことも気になるし。でも、お前が噂をアテにするキャラには見えないな」



そう言ってから、暫くの沈黙。

就寝したにしてはかなり早い。寝つきが良いにしても良すぎるレベルだ。

「人当たりが良くて、よく喋る。義理堅い奴だと小羽から聞いた。全部当たってたな」


「先本とは中学の時三年間同じクラスだったからな。よく観察してらっしゃる。あいつの観察力はすげえからな。誘導尋問とかかなり上手そうだ」


先本の話題で俺達は笑った。共通する話題があると話も弾む。

「噂は…」

会話が弾んだはずが、急に、彼女の声のトーンが低くなった。

俺に疑問を抱かせるような不安そうな声色だ。

「如月の…付き合っていた彼女が…亡くなった。って…」

一言一言に声が小さくなって、とても言いづらいかのように、彼女は噂を話した。

彼女の声が小さくなっていくごとに、俺の脈打つ鼓動が早くなっていくようだった。

「すまない、嫌なことを聞いた。謝る……ごめんなさい」


俺は暫く黙った。彼女の謝罪が耳を通り抜けていくのを感じて。

中学三年生の時、俺は彼女を失った。死んでしまった。いなくなってしまった。自分も、死んでしまいたくなった程に。彼女のことが好きだった。


それは今でも、大好きなんだろう。彼女が生きていたら、という話で。


再び白崎が謝った。反射的に答える俺。

「俺こそ黙っちまってごめん。まぁ…うん。その噂は本当。死んじまったんだよ。事故でな」


「ごめん…」

一気に重い空気になってしまった。何故か責任感を感じてしまう。話題を振ったのは彼女の方だが、興味本意ということもあるだろうし。


噂は噂なのだと思ったのだろう。真実が知りたかった。


自分にも同じ経験があるから理解できる。

「白崎には…彼氏とか、いるの?」

苦し紛れの話題。

他に思い付かなかったんだもん。「彼氏は…いない。妹が、作ってはいけないって…」

「亭主関白ならぬ妹関白!!」

身内に恋人を作ってはいけない家庭を初めて知った!

勢い余って思わず布団から飛び上がってツッコミを入れてしまった。

「一体どんな妹だよ…」


「だから彼氏はいない」

「……複雑な姉妹関係なんだな。なんで彼氏作っちゃいけないんだ?」

「妹が…私の事を好いてるから…らしい」

「重すぎるシスコンっぷりだ!!」


何故か顔を赤らめている白崎。

俺がツッコミを見れた後に掛け布団で顔を埋めても赤面を隠しきれてはいなかった。

「好きな人とかはいなかったのか?」


この質問はスルーされた。

顔を埋めたまま黙りの白崎。

俺も一時冷静になって、再び眠りにつこうと励んでみた。


静寂の間に針時計の秒針を刻む音だけが部屋一帯に響き渡る。

月明かりが部屋を照らし、もう深夜を回ったようだ。


「如月」


「起きてるよ」

呼ばれたので一応返事。時計の針の音を一回一回数えていたことは内緒だ。

「男に友達だと言われたのは初めてだ」

「ほうほう」

「妹に怒られる」

「なんでそうなるんだよ!」

意味不明だった。どういう経緯で妹に怒られるんだ。

白崎の家庭の実権は妹が握っているのか!?

ていうかなんでお前は妹に弱腰なんだよ!

「でも…ありがとう」



「色々と意味深なセリフを言ったくせにさらっと切り返すんだな」

白崎咲桜。メリハリのある割り切りのある女である。


「おやすみなさい。如月閃」

「おう、おやすみ。明日は朝早いからな」

時計の秒針のリズムを聴きながら、俺は布団に潜って眠りについた。

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