原因
混乱する私を前にして、皇帝陛下はどこまでも甘い笑みを浮かべていた。
知らない、も身に覚えがない、も言えそうな雰囲気ではない。
私はとりあえず、曖昧に微笑んだ。
貴族社会で困ったときは、とりあえず笑っとけ!
それが我が家の家訓だった。
しかし、その笑みを見た皇帝陛下は、しゅん、とした。犬のように垂れている耳が幻覚で見えそうなほど、落ち込んでいるように見えた。
「……あの?」
「いえ。身に覚えがない、という顔をされていますね」
……その通りだ。
だって、繰り返すが、私に皇帝の知り合いはいない。……いない、はず。
捨てられた子犬のような瞳をされると、身に覚えがないはずなのに、誰かと被るような。
いえ、気のせいよね。
「覚えていないなら、それでも構いません。俺は、ミレシア、あなたを待っていたのだから」
薄く微笑むと皇帝陛下は、今度は私の手に口付けた。
「!?」
「愛しています」
とびきり甘い笑みを向けると、皇帝陛下は、私に覆い被さった。
もしかして、これは妻の役割を果たせとかそういう……?
てっきり、恋人がいると思っていたので、全く覚悟ができていなかった。
ベッドのシーツの柔らかな感触を感じながら、なけなしの覚悟を集めて、ぎゅっと、目を閉じる。
けれど、温かな熱が私を包んだのみで、一向に、着衣が乱される気配がない。
「……?」
恐る恐る目を開く。
綺麗な横顔と目が合った。
「!」
青銀の瞳は、熱を帯びていて、本当に私を求めていることがわかる。
それでも、ただ私を抱きしめているだけだ。
「俺を愛しているというまで何もしませんよ」
じゃあ、結婚式で口付けをしなかったのも……それが理由?
それにしても、冷酷皇帝というあだ名に似合わない言葉だわ。
「そう……ですか。あの、皇帝陛下」
「どうか、ルクシナードと。あなたに名前を呼ばれるのが夢だったのです」
熱烈だ。
そもそも彼を覚えていない私が、その熱量に見合うだけのものをいつか私が返せるとは思えないけれど。
「わかりました。ルクシナード様」
「敬称……は、今は諦めます。はい、ミレシア」
ルクシナード様を見つめる。
「実は今まで十回ほど、婚約が破談になったのです」
これは、言っておかなければならない。
真実の愛の隠れ蓑にするつもりがなく、私を求めてくれているのなら、隠しておくのは不誠実だ。
「……」
ルクシナード様は、驚いたように目を見開いた。
そう、よね。
破談になるだけの原因はなにかはわからなかったけれど。
相手に結婚したくないと思われていたということなのだから。
俯きたくなる気持ちをぐっと抑えて、ルクシナード様を見つめる。
「安心してください、ミレシア」
「え……」
微笑みながら、ルクシナード様は続けた。
「おそらく原因は、あなたではない」