つかぬこと
「賭け……ですか?」
「はい」
ルクシナード様は、寝室の花瓶を指差した。
「あの花瓶のように、この城には至る所に花が飾られています。そこで案内の最後にどの色の花が一番多かったか聞くので、当ててください」
……なるほど?
でも、それだと……。
「私に有利すぎではありませんか?」
私は答えを見て回っているようなものなのに。
「目的は、ミレシアにこの城を憶えてもらうことですから。挑戦してみますか?」
「はい、ぜひ!」
せっかくの機会だ。してみたい。
「でも、賭けということは、何かを代償とするのですよね」
「……そうですね。賭けるのは、これでどうでしょうか?」
そう言ってルクシナード様が差し出したのは、カラフルな色の粒が入った小瓶だった。
ルクシナード様が振るたびに、さらりと中の粒が揺れるその瓶に、釘付けになる。
「……それはなんですか?」
「お菓子です。最近、民の間で流行っているようです。もし、ミレシアが賭けに勝ったら、この瓶ごと差し上げます」
「ええっ!?」
瓶ごと!?
思わず、ごくりと息を呑む。
「では、私が負けたら?」
「一粒だけ差し上げます」
それでももらえるのね……!
でも、せっかくなら、小瓶ごと欲しいわ。
「わかりました。頑張ります」
とってもやる気に満ち溢れながら頷くと、ルクシナード様はくすりと笑った。
「甘いもの、お好きなままなんですね」
「そうですね、甘いものは昔から……」
昔は、甘いものが好きだなんて幼稚よ、と口では言っていた。だから、パーティーなどでも極力食べないようにしていた。
本当は、大好きだったのに。
そのことをルクシナード様は知ってる……?
幼少期の私が甘いものを好きなのを知ってたのって、誰だったかしら。
「ミレシア?」
一瞬、繋がりかけた記憶は霧散し、後に残ったのは、賭けへのやる気だけだった。
不思議そうな顔をしたルクシナード様に微笑む。
「はい、頑張ります!」
ーー城内をルクシナード様にエスコートされながら、歩く。
「ここが、食事の間ですね。そして次にーー」
ルクシナード様は、終始笑顔で説明してくれる。
しかし……。ルクシナード様が私に微笑むたびに、周囲の視線が、すごい!
その視線は、皇帝陛下がいらっしゃる、という畏怖の視線というよりも、えっ!? あの皇帝陛下が笑っている!? という驚愕の視線だと感じた。
……やっぱり、冷酷皇帝と私の祖国まで届いていた噂は本当なのかもしれない。
「ミレシア?」
きょとん、とした顔で私を見ているルクシナード様からは、想像もできないけれど。
「いえ、思った以上に広くて驚いています」
これは本音だ。
この皇城は、私の祖国の1.5倍……いや、2倍はありそうだった。
「そうですか? ミレシアを迎えるので、なるべく過ごしやすくはしたつもりですが」
……え?
「つかぬことをお伺いしますが、増築など……」
「はい。建て替えました」
満面の笑みーーそれこそピカピカと輝きを放っているーーで言われた言葉。
建て替えました。
建て替えました。
建て替えました。
何度も頭の中で繰り返して、ようやく理解が追いついた私の頭は、現実を受け入れるのを拒否した。
あらゆる回路が強制遮断され……、つまり。
「ミレシア!?!?!?」
意識を失った。
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