こんなことあってもいいのでしょうか。
ある朝、私は激しい頭痛で目を覚まさざるを得なかった。脳梗塞とかその辺をド素人の私でも予想してしまう。でもあいにく私は独り暮らしだし、地元にしか友人も家族もいない。動けないほどの頭痛になすすべもなくただ痛みに耐えていた。
死ぬのかな。いや、死ぬな。なんでこんなときにでも冷静なんだろう。逆に開き直って冷静になっちゃうのかな。会社の人が珍しく定時前に出勤してこない私を心配してくれたらいいな。腐敗した遺体になるだけは避けたいけれど、エアコンが効いているとはいえ真夏だし、あまりにも気づいてもらえなかったらさすがに腐りそう。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん。先立つ不幸をお許しくださいってやつ。でも私にそんなに興味がない家族だから、とりあえず葬式とかひととおりしたらさっさと寺に全部投げちゃいそうだし。
そうか。誰も私のことなんて他でも替えがきくとしか思ってないよね。私自体には興味ないんだよね。
さようなら世界。
あれ?
私が倒れている地面は天国というにはあまりに冷たすぎる気がするんですけど…
楽園とは思えないから地獄落ちってやつなのかな。そうか、神さますら私はどうでもよくて棄てられたんだ。なんて滑稽な結末。神さま、私ってなんかそんな悪いことしましたっけ。ただのモブ的存在で生きてただけのつもりなんですが。
とりあえず起き上がってみた。どうやら私が倒れていたのはどこか街のようなところの外れにある行き止まりの場所みたいだ。周りは剥き出しのコンクリートのビルで地面は冷たいアスファルト。地獄ってこんなとこなんだ。
でも空を見上げて何かが違うことに気づいた。自動車みたいなのが空を全速力で進んでいる。さらに上空にはチューブのようなものの中に電車みたいなのが走ってるし。
「20世紀のレトロフューチャーみたい」
思ったままの感想を自然と口に出していた。
今更ながら自分を確認してみると、ボロボロのサイバーパンクみたいな服を着ているし、暗めの茶髪だったはずのヘアスタイルは翡翠色のロングヘアに変わっている。足は靴もなく傷だらけ。中肉中背だったのにガリガリの華奢すぎる小さな身体。爪を切る道具もないのか明らかに手入れのされていない少し長い爪。
これってもしかして…私が毛嫌いしていた異世界転生というやつではないだろうか。だけれど、凛々しい王子でも愛らしい姫でもなく、お金持ちの令嬢でもなく、勇者でも救世主でも聖女でもない。ゲームの主人公みたいな感じもない。
「あは、あはははは…」
私は乾いた笑い声を出した。やっぱり異世界転生したところでモブにしかなれない人間もいるじゃないか。しかもこの身体も明らかにみすぼらしい。異世界転生ものみたいに誰も助けにも来ない。
前方に見えるのは人気のない小さな路地の交差点で先もよく見えない。まるで今の私に待っている未来のようだった。