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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪戯

作者: がま

 甲高いレーダーの音。朝7時。

 学校に行かなければならない。

 朝食を後で吐くためだけに詰め込んで、自転車に乗る。

 毎朝、この時間に通学路ですれ違う、おばあさんが連れる犬に大声で威嚇されて少したじろいでしまう。

 そのあとは国道に出てそれに沿ってまっすぐに漕いで行く。

 漕げば漕ぐほどに残りの距離が少なくなって行くので、胃から込み上げてくるものを感じてしまう。

 踏切を待っている間に通る電車。永遠に車両が続けばいいのに、と考えているが、そうも行かない。

 目に刺さるほどの純白な校舎。自分が入学する前に建て替えたとのことだ。あてつけがましく、そびえ立っているのを見るとより気が滅入ってしまう。

 駐輪場ではなく、裏手の茂みに隠すように停め、靴を通用口の来賓用の下駄箱に起き、スリッパを履いて教室に向かう。

 担任の教師に鉢合った。

 「なんだ、今日も上履きを忘れたのか?」

 「すみません、無くしたんですが、塾とか習い事が忙しくて、なかなか買いに行けなくて。」

 嘘だ。塾にも行ってないし、習い事もしてない。買ったところで、どうせまた履けなくなるからだ。

 「厳しい家なんだな。ま、暇見つけて買いに行けよな。」

担任に軽く肩をポンポンと叩かれる。この会話で担任は自分に目を一度も合わせていない。視線をあえて逸らしているのだと思う。

 教室に行き、自分の席に座る。朝礼前の教室は同級生の挨拶が飛び交う。

 「おはよう、今日も来たんだな。」

 強く、肩を掴まれる。毎日爪痕がつくほど、これをやられるので、肩のアザが消えない。

 自分は何も言い返せない。

 「なんだ、今日もシカト決めてんのか。マブダチなのに悲しいなあ。おい、マサシ、今日もこいつに友情を刻もうぜ。」

 「お前のそのドSさはなんなんだよ、そろそろ、高槻にしぼられんぞ。」

 "マサシ"はにやついている。

 「高槻は何にも知らないしこれからも知ることないんだよ、大丈夫だって。」

 そう、高槻はこれを視界に入れようとしない。教師は聖職者ではなく、人間だ。己が一番かわいいのである。

 肩を掴んでいる手が引っ張ってくる。椅子ごと後ろに倒れてしまった。

 「じゃあ俺たちと友情、刻みに行こうか。」

 足を"ユウ"と"マサシ"に掴まれ、廊下を引きずり回される。必死に抵抗するが、ワックスがしっかりとかけられているので滑ってしまう。

 廊下を通る生徒たちも当然、目を逸らしている。


 

 タイルが今日も冷たい。狭い個室に3人入りドアを閉められる。

 「大体、お前がモテなくて、陰キャなのは、清潔感が足りないんだよな。」

 「ユウの言うとおりだ。昨日もどうせ風呂も入ってないんだろ、くせえ。」

 と、"マサシ"に髪を掴まれ、便座の中に頭を押し込まれた。そして、すぐ水洗レバーを引かれ水が流れてきた。

 「これで、さっぱりしたな。今日も俺ら朝メシたっぷり食べてきたから運動しないとな。」

 腹に蹴りが入る。みぞおちに直撃したため、胃でせり止めていたものが決壊し、流れ出した。

 「汚ねえ。マブダチに向かってすることかよ。引いたわ。自分で掃除しろよ。」

 そう言って"ユウ"は"マサシ"と教室に戻って行った。

 掃除道具のある個室から雑巾とモップを取り、ただ、自分の吐瀉物を拭いた。

 何も感じないよう、自分に言い聞かせた。



 今日は3時間目に体育がある。

 最近は体育祭に向けて組体操の練習をしている。

 「今日はピラミッドの練習をする。この前決めたように位置についてくれ。」

 自分はピラミッドの一番下。その上に"マサシ"が乗る。

 「おい、髪にゴミついてるぜ、取ってやるよ。」

 "マサシ"は自分の髪を掴んで引き抜いた。つむじに鋭い痛みが走る。

 「あれえ、手が滑って取れねえな。シャワー浴びせてやったのにまだぬるぬるしてら。」

 何度も髪を掴んでは引き抜かれる。手に力が入らなくなり、崩れてしまった。

 「こら!お前、ふざけて体勢崩すと危ないだろ!」

 体育教師が激怒する。

 「そうだぞ、お前のせいでみんな危ない目にあったじゃねえか、どうしてくれるんだよ。」

 "マサシ"がにやつきながら問い詰めてくる。

 他の生徒は自分に冷たい視線を向ける。

 「いじめられてるからってやっていいことと、悪いことがあるだろ。」

 誰かが小さく呟いた。体育教師には当然、聞こえていない。

 その後、昼休みになったら"ユウ"と"マサシ"から友達を危ない目に遭わせた罰を受けることとなった。



 「君、大丈夫?」

 放課後、ようやく一日が終わった安心感と疲労で呆然としていたところに、にわかに声をかけられる。

 "委員長"。彼は秩序のあるクラス作りを理念にしている、政治家のような口調で喋る人だ。

 「うん、まあ。」

 「大丈夫なわけないよな。僕ができることがあれば何でも言って欲しい。でも暴力的な解決は良くないし、生徒同士で話し合っても根本的な解決にはならない。どうだろう?高槻先生を交えて、ユウ君とマサシ君と3人で話し合いの場を設けよう。ただ、その3人だとユウ君とマサシ君はいかようにでも言い逃れできるから、僕がその話し合いに立ち会って証人になるよ。」

 立板に水とはこのことか。

 「無理だよ。高槻はこのことを知っていて、波風を立てたくないから何もしないんだ。自分のクラスでいじめが起きてるなんて騒ぎになったら、高槻の立場が悪くなるんだよ。多分。」

 「そんなことない、いじめを黙認している方が問題だってよくニュースでやってるだろう?仮に高槻先生が自分がかわいいだけの先生だったら、いじめを見逃してあとでバレた方が大事になるってわかってるよ。あの人は大人なんだから。」

 確かにそうかも知れない。もしかしたら、高槻は本当に何も知らないのかも。優等生の発想は何か違う。



 「それで、彼の話していることは本当なのか?ユウ、マサシ。」

 「そんなことないっすよ。俺らとこいつはマブダチで。ほら、スキンシップとっていかないと友情は深まらないじゃないですか。」

 「そうそう、ユウの言うとおり。こいつもそれをわかって、なんだかんだ俺たちに付き合ってくれてるんすよ。」

 やはり、思ったとおり白々しい言い逃れだ。自分は"委員長"に目線を向ける。"委員長"は自分を見てうなづいてから話し始めた。

 「彼らはそのような考えかも知れないけれど、行き過ぎです。毎日体を蹴られたり、トイレに連れ込まれて便座に頭をつっこまれたり。体育祭の練習では誰にもわからないように暴力を振るわれたり。陰湿ではないでしょうか。」

 高槻は強い口調で"ユウ"と"マサシを問い詰める。

 「そんなことしていたのか?お前ら。立派な犯罪だぞ。」

 「いやいや、高槻サン、そこまでしてないっすよ。高槻サンもよくわかってるでしょ?俺たちは友達としてじゃれてるだけですよ。たしかにたまにテンション上がってやりすぎなところはあるけど、そこはごめんな。でも俺たち、入学して以来3人で仲良くつるんでるんだよ、なあ?」

 肩を掴んできた手の力が強く、そして震えている。

 「そうだよ、高槻サンにも委員長にも誤解させたなら(、、、、、、)、謝るけど、俺らちょっと不器用なだけなんだよ。こいつを悲しませようとか思ったことなんて一度もないんだ。でも、こいつがノリいいからやり過ぎたのは謝るよ。ほんとうにごめんな。ユウも俺もお前と仲良くやりたいだけなんだよ。」

 "マサシ"はこちらをまっすぐ見ているようで、視線は全く別のところを見ていた。

 「そうか、お前も委員長もユウとマサシの本心がわかったな?こいつら不器用なんだけど、友達思いなところは間違いない。俺が保証する。だから、これからも3人で青春の思い出を作って行ってくれ。」

 「彼らの本心がよくわかりました。たしかに、友情を表現するのに行き過ぎてしまうこともあるのかも知れません。ユウ君とマサシ君が彼を思う気持ちには心を動かされました。いらない誤解をしてしまって申し訳なかった。君もどうか2人がここまで言っているし、友達で居続けてあげてほしい。接し方もきっと考えてくれる。いい友達じゃないか。」

 人はいとも簡単に騙されてしまうのか。いや、彼らは目を背けたのだ。正義は振りかざすことは容易いが、確信のない、疑わしいだけのところに振り下ろすと代償を伴うと言うことをよくわかっているのだろう。



 両親は、仕事の関係で家を留守にすることがよくある。

 その夜も留守だったので、何となくテレビを観ていた。

 動物の生態を取り扱う番組で、ワニが強い力で鹿などに噛みつき、捕食しているのだ。

 最近、天然で独特な発想をすることを持ち味として売り出しているタレントがこうコメントした。

 「これ見方によってはワニが鹿にじゃれついてるみたいですね。鹿は必死なんでしょうけど。」

 体中に何か冷たいものが這うような感覚がした。



 学校には辛ければ行かなければいい。自分のために逃げることは大切だ。

 いじめを、とり上げるニュースでよく言われることだ。

 しかし、それは周りの理解を得て初めて出来ることだ。

 自分の両親は彼らの子どもの面倒ごとに巻き込まれたくないのが本心だと思う。何か問題になると自分を厳しく叱る。

 幼稚園の頃、他の子どもと喧嘩した時や、小学校の頃どうしても学校に行きたくなくてグズった時など、決まってこう言われた。

 「なんであなたは普通に生きられないの?すぐ甘えて逃げようとする子はいらない。生まれてこさせてやったことを後悔させるな。」

 今の状況を親に話したところで、同じようなことを言われるだけだ。

 せめて、家では惨めな思いはしたくない。

 下校時間まで耐えれば、いいだけだ。

 そんなことを考えながら自分の席についた。

 「なあ、マサシ、あいつ来てなくねえ?」

 「そうだな、せっかく昨日仲直りしたのにな。友達を裏切る奴の席なんてこうしてやる。」

 "ユウ"は自分の机を倒した。

 「ついでに椅子もひっくり返しちまおう。」

 背もたれを掴んで座っている自分ごと椅子を倒した。

 受け身を取ったものの頭を床に打ち付けて、鈍い痛みがする。

 「なんだ?あいつ陰キャのくせに置き勉してやがるのか。仕方ねえなあ、教科書を家に持って帰る大切さを叩き込んでやるかあ。でも、破くとまた委員長にやりすぎとか言われるからなあ?」

 "ユウ"は"委員長"を睨みつけたあと、マジックペンで、落書きをし始めた。

 「陰キャ」、「ゴミムシ」、「くさいんだよ」

 "委員長"はいたたまれなくなったのか、廊下に出てしまった。自分はそれを追いかけていった。

 「見ただろ、あいつら友情とか言ってたけど現実はこうなんだ。何が『心を動かされた』だ、何が『いい友達だ』だ。お前は人の悪意に触れたことがない、理想の中だけでしか生きられない、優等生なんだよ。」

 "委員長"はずっと下を向いて、こちらを見ることはなかった。



 トップに立つものは公平中立でなければならない。そして、自分の周りに隅々にまで目を配らないといけない。僕の父が日頃言っていることだ。

 父は僕の誇りだ。僕も父のように最高のリーダーになりたい。

 その第一歩として学級委員長になった。学級委員はクラスのリーダー。充実した学校生活を送るにはクラスの秩序が保たれていることが大前提だ。

 僕はそれを実現するためにクラスのみんなをまとめていかなければならない。

 そして、秩序あるクラスを実現するためには、隅々にまで目を配り、小さな問題も摘み取っていかなければならない。

 しかし、僕のクラスには大きな問題がある。男子生徒2人が、同じクラスの生徒に苛烈な暴力を振るっているのだ。

 しかも、先生の目の届かないところで、それが行われている。とても陰湿で、許されることではない。いわゆる、いじめだ。

 僕は被害を受けている生徒に声をかけ、高槻先生と僕と当事者3人で話し合いをすることにした。


 

 「高槻先生、少しお時間よろしいでしょうか。」

 「何だ?委員長、何でも言ってみなさい。」

 職員室で、なにか忙しそうに書類を作っていたが、手を止めてこちらを向いてくれた。彼はあんなことを言っていたが、やはり、自分の仕事はあっても生徒に向き合ってくれる、素晴らしい先生じゃないか。

 「ユウ君とマサシ君のことなのですが…」

 「あいつらがどうかしたか?また、ふざけすぎて物壊してたか?」

 仕方ないなとため息をつき、現場に行くために立ちあがろうとした。

 「いえ、違うんです。実はあの2人がいじめをしているのではないかと。」

 「ああ、それってあいつに対してのやつだろ。あの3人はなぜかずっと仲がいいんだ。あいつはユウとマサシと違って、引っ込み思案で、正直な話クラスから浮いてしまっているんだがらユウとマサシの2人が何かと面倒見てやってるんだよ。この前も身だしなみよくしないとってあいつに2人からアドバイスしてたっけな。ほんと兄貴分って感じだよな。」

 先生の目から見たら、そう見えるのか。やはり、大きな誤解をしている。

 「先生、それは誤解なんです。とりあえず、彼ら3人の話し合いの場を設けさせてはいただけないでしょうか?ユウとマサシだけではなく彼の言い分も聞いてください。」

 「それは、いいんだが、いいのか?」

 高槻先生は周囲を見渡し、誰も聞き耳を立ててないことを確認して、耳打ちしてきた。

 「ちょっと、外の空気を吸いに行くぞ。」

 生徒指導室に通され、高槻先生は椅子に座り、机を挟んで対面の席に着くよう促した。

 「委員長はお父さんのようなリーダーになりたいんだったな。そして、秩序のあるクラス作りを実現したいんだな。」

 「ええ、そうですが。」

 「リーダーっていうのはな、実績のある人にしかなれないと思うんだ。例えば仕事で大失敗しましたって言う人が、昇進できると思うか?」

 「どうなんでしょう。失敗しても、取り返せばいいのではないでしょうか。」

 高槻先生は相槌を打ちつつも、こう切り返した。

 「違う。それは学生までだ。社会に出ると、取り返しのつかない失敗というのがある。それをすると一生、上の立場には立たない。ただ、たまに社会に出る前に起こしてしまったことでも責められることがある。」

 僕は高槻先生の言っていることがよく理解できず、黙り込んでしまった。

 「いいか?お前の主観と偏見のせいで、ユウとマサシが心に傷を負ったらどうする?ちょっとした仲違いで、友達だと思っていた彼と、外野のお前が勢いに任せて、あの2人を悪者にしていいのか?」

 そして、極論だがと前置きをして続けた。

 「それをきっかけにユウとマサシが心を病んで、不登校になったりしたらどうする?人間性が歪んだらどうする?お前は2人の人生を潰した加害者になるんだぞ。」

 先ほどから高槻先生はどうも、ユウとマサシに肩入れをしすぎているような気もするが、言っていることは最もだ。

 「俺と委員長と、あの3人で話し合う場を設けるのはいい。ただ、ユウとマサシの言うことにも耳を傾けてやってほしい。リーダーは公平中立であるべき、だろ?」



 僕は先生を信じすぎてしまった。ユウとマサシを信じすぎてしまった。話し合いの次の日、あの2人は何も変わらなかった。彼の席を荒らした後、教科書もダメにしている。あれが友達のやることだろうか。自分の無力さ、浅はかさ、そして罪悪感が胸を締め付ける。とても見ていられない。僕は責任を持って彼らにやめるよう言うべきなんだ。でも、もし僕が今度狙われたら?あの仕打ちに耐えられるだろうか?

 僕は何も見ていない。

 廊下に出て床を見つめた。握りしめる拳が震えていた。


 

 話し合いの日から"ユウ"と"マサシ"は何もしてこない。

 と言うよりかは、自分の存在を無視して何も話しかけてこない。たまに思いついたように、机を荒らしたり、椅子ごと自分を床に倒したり、大声で自分の悪口を言うくらいだ。

 そして、"委員長"ともあの一件から話してない。

 時折、"委員長"が自分の席の方をぼんやりと見つめてきてくる。目があっても気まずいので、自分は目線を逸らしているが。

 よくわからないが、とりあえずは平穏な生活を手に入れられたのだろうか。


 

 ある日、珍しくアラームの音で起きることができず、遅刻をして学校に行った。

 席につこうとしたら、机に百合の花が挿さった花瓶が置かれていた。

 あの2人からは無視というよりもはや、死人扱いされているのだろうか。暴力を振るわれないだけマシだが、あまりにも悪趣味すぎる。

 そっと教室の後ろの棚の上に置いて、落書きだらけの教科書を開いて、ぼんやりと座っていたところ、"委員長"の怒号が聞こえた。

 「君たちには本当に人の心がないのか!」

 怒鳴られたユウとマサシは目を丸くしていた。

 「委員長、どうしたんだ?マジでなにもやってねえぞ。」

 「そうだよ、俺らここでだべってただけじゃんかよ。」

 "委員長"が"ユウ"の胸ぐらを掴む。

 「そうやって、お前らはいつもしらばっくれて、どれだけ人を踏みにじれば気が済むんだ!」

 百合の花を自分の机に置いたのは、やはりあいつらか。

 しかし、なぜ今更あんな剣幕でまくしたてるのか。

 「あの落書きの教科書は、君たちが彼にした酷い仕打ちの象徴だ!あれを見て罪を感じながら生きるべきなのに、なんで、あんなことができるんだ!」

 "ユウ"と"マサシ"は自分たちがなぜこんなにも責められているのか、本気でわからないと言った様子だ。


()()()()()()()()()()()()()をなんで、落書きまみれの教科書に置き換えるなんてことができるんだ!」



 "委員長"。お前は何かと理想論を熱く語り、模範回答みたいなことばかり言う。そして、純粋だが、何にも染まりやすいのだな。

 自分はあの話し合いの場で、この世に居場所などないのだと思い知らされた。自分を信じてくれる者などいないのだと知った。お前のせいで孤立していることを実感させられた。

 しかし、お前はあいつらとは違ってまっすぐな心を持っているのだと思った。

 自分を「弔うために供えた花」?結局お前もあいつらと同じように、孤立している者を玩具が何かだと思っているのか。

 善人面して、表立っては取り繕って、そんな人間が一番邪悪だ。

 自分は棚に置いた花瓶を取り、"委員長"の後頭部を殴りつけた。

 周囲の生徒は騒いでいたが、怒りのあまり何も耳に入ってこない。

 次の瞬間、血溜まりの中で倒れている"委員長"を見て、怖くなり、そのまま校舎の外に出て、靴も履かず、自転車にも乗らず、家に向かって走り出した。



 委員長が突然、頭から大量の出血をして倒れた。

 警察の捜査に協力するにあたって、生徒から話を聞いた。

 ありのまま警察に話したが、彼らは信じなかった。

 「高槻先生、いくら何でも花瓶が宙を浮いて、人の頭を殴りつけただなんて、突飛すぎますよ。なんですか、じゃあ幽霊の悪戯かなんかで花瓶を委員長の彼の頭に打ちつけたとでも言うのですか?」

 警察官は怪訝そうな顔でメモを取りながら、話した。

 「しかし、当時教室にいた生徒、みんながそのように言っているのです。」

 言うか言い終わらないかのうちに食い気味に警察官が話す。

 「もしかして、あなた、誰か生徒を庇っています?そんなの犯人隠匿で高槻先生も罪に問われるかも知れないですよ。

 あなたは自分の身がさぞ、大事でしょうから。賢い選択をした方がいいですよ。」

 「どういうことですか?」

 この前のあの事件を引き合いに出しやがった。性根の悪い警察官だ。

 「何とは言いませんけどね、こうもあなたのクラスで事件だらけだと、ねえ?」

 俺は唇を噛んで目を逸らした。

 「当時、委員長の彼はユウ君とマサシ君と言い争っていたそうじゃあないですか。先生はこの2人に()()()()()()()()()()と言う話は別の先生方から聞いておりますよ。」

「まさか、あの2人を庇うだなんて。あいつらはクラスの問題児。クズですよ。あの2人がやったのなら、こちらからおたくにつき出しますよ。」

しまった。つい、本音が出てしまった。

しかし、あいつらのせいであんな事件が起きて、今度は空飛ぶ花瓶騒ぎだ。あいつらのせいで俺の職業人生が台無しだ。

 「あなた、本当に自分が大事で仕方ないようですね。」



いつも自転車で通っている通学路を靴も履かず、走って帰った疲れで寝てしまったようだ。

 つけた覚えのないテレビがついている。

 まだ落ち着かない動揺を紛らわすために、観ていると、

見覚えのある場面が映った。

 鹿を捕食するワニの様子。

 その映像のあと、最近天然で独特な発想で売り出している、あのタレントのコメント。

 「これ見方によってはワニが鹿にじゃれついてるみたいですね。鹿は必死なんでしょうけど。」

 再放送かと思い、ぼんやり観続けていた。やはり何度聴いても、胸糞悪いコメントだ。

 明日の朝起きるためのアラームをセットしようと、携帯を開いたところ、ホーム画面の日付に違和感を感じた。

 日付があの話し合いのあった日と同じものだ。

 確かに自分はあの日の後何日も学校に行っている。夢でも観ているのだろうか。

 冷たい何かが体を這い回る感触がした。

 体の力が入らない。

 いつのまにか、ソファに座っていた自分の目線は天井から床を見下ろしていた。床にはダイニングチェアが横向きに倒れている。

 そうか、自分は、あの日。


※この作品にはほんの一部、筆者の実体験が含まれます。

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