8 結婚式は残酷なものを見せつける
サワサワと風が頬を撫でる。そして、海の香りが鼻腔をくすぐる。海?なぜ私が海に?不思議に思い目を開けるとそこには……。
「なぜ、黒い聖女が私の目の前にいるのかしら?確か私は貴女に殺されたはずなのに」
そう、私は転移をさせられ、知らない海岸に落とされた。呆然としてしまったことが仇となり、気がついたときには目の前は黒い聖女がおり、聖女の腕が私の胸を貫いていたのだった。腕が引き抜かれ、私が着ていた黄色いドレスを血の赤に染め上げたところで意識が途絶えた。
なのに私はここで息をしている。
「赤の神様にね。お気に入りだからあなたを生き返らせてって頼まれたの」
白目がない黒い瞳の聖女に顔を覗かれながら思ってもみない言葉を聞きました。
赤の神様?女神様が生き返らすように?
「本当なら時間が経ちすぎて生き返らないのだけど、大丈夫って言われたの。本当だったね」
大丈夫?何が?
「それでね。赤の神様が貴女に伝えてって言われたの。早く帰ってきて、間に合わなくなるからって」
よくわからないけど、女神様がラースに早く戻るように言われているのね。
そして、私は転移の陣を施し始める。
「あ、もしダメだったら」
声の方に視線を向けると、黒い聖女の腕の中で男の首がしゃべっていた。首だけの男の青い目が私を視界に捉えていた。
「ダメだったら、ここに来て僕に魔術を教えて欲しい。君の魔術の才能は素晴らしいと赤の神様が言っていたからね。ラフテリアを守る為にどうしても必要なんだ。いつでもいいよ。僕たちの時間は無限にあるのだから」
何がダメだったらなのかわからないけど、女神様が私の魔術の才能を認めてくれていたことに喜びを感じたの。私の努力が無駄じゃなかったことに。
そして、私は転移をして、二度と戻ることが出来ないと思っていたラース公国の公都グリードの地に足をつけることができたのだった。
戻って来た公都グリードはお祭りでもあるかのように騒がしかった。近くにいる人に何があるのか聞いてみると
「何って?アレクオールディア様とコーネリア様との結婚式だ。なんで知ら……エリザベート様……生きていらした」
コーネリア!もしかして、妹のコーネリアとアレクが結婚!なぜ?どうして?
私は女神ナディア様を祀る神殿に転移をする。
ナディア様を祀る祭壇前にはアレクと私が着るはずだった赤いドレスを身にまとった妹のコーネリアがいた。私は神殿の入り口で立ちすくむ。
なぜ?そこは私が立つ場所のはず。
「エリザベート様」
「エリザベート様が生きていらした」
私の存在に気づいた参列者が次々に私の名前を呼びだす。その声にアレクもコーネリアも気づいたようで
「お、お姉様!生きていらしたのですか!」
私が生きていたらいけないの?コーネリア。
「なんだ?今更戻ってきて、式の当日に赤いドレスを着て戻って来るなんて嫌がらせか?」
赤いドレス?違う。この赤黒い色は伯父様と私の血で染められたモノ。
「父上を見殺しにして逃げていたくせに、一年経った今頃戻って来るなんて、どういうことだ」
私は見殺しもしていないし、逃げていたわけでもない!一年経っているのも知らない!
「あの惨劇を見ていないクセに、見殺しにしたですって!逃げたですって!あの場に生き残っている人など殆ど居なかったのに、何を知っているというの!私は2度殺された。けれど、女神様の慈悲でこの場で生きて立っているというのに、アレクにそこまで言われるなんて」
なぜ、私はこの男をあれほどまで慕っていたのかしら?あそこまで貶されても思い続けていたのかしら?
「私はもう、この国には戻らない。あなた達の好きにすればいい!」
私は浮遊し空へを向かう。コーネリアの私を呼ぶ声がするけど、知らない。私など居なくてもいいと言うなら好きにすればいい。
私は高く高く上り詰める。風が冷たく、皮膚が切れるように痛い。私は叫んだ。今までの思いを吐き出すかのように叫び続けた。
「うるさいよ」
突如として、誰も居ないはずの地と月の間の空間で私に語りかけてきた声があった。
視線を向けると、白い髪に白い目、白い肌に白い大きな翼が生えた何もかもが白い老婆が私の後ろで浮遊していた。
「家に帰る途中で騒がしいと思って来てみれば、ただの人がこの神に近い空で何をしているんだい?」
「……裏切られた私の心はどこに行けばいいのでしょう」
「迷子かい?はぁ。家においで、私の島に招待してやるよ」
そして、私は白い翼を持った老婆の導きで、アレクと一緒に行こうと約束を交わした空の島へ足を踏み入れることができたのです。