ふたりの決断
「ベッラが面倒を見ている子どもたちは、冒険者ノ工舎にみさせる。魔術師ノ工舎からの正式な依頼にするから手は抜かせない。私もいるし、巡回魔術師にも命令しておくから安心していい」
「……」
「まあ、すぐに出発とはいかないから、考えるがいい。旅のすべての用意は魔術師ノ工舎が手配しよう。路銀や購入が必要なものは必要経費、前払いにする。そうだな、明後日ならふたりともベッドから出られるだろう。準備はそれからだな。ベッラとカリーナはそれまでここで療養だ。子どもたちには十分に食べさせるからな」
僕らの部屋へいき、準備について詳しい話し合いをした。
クレリアは頭の天辺から足の先まで僕をみて、ため息をついた。
「まったくあのふたりは。ガエタノとキアーラは世事に疎いところがあるからな。魔術師ノ弟子にしておいてなぁ。弟子の魔術師証じゃあ旅は無理ってトコがわかってない」
「ボクらを魔術師とわからない人は多かったよねぇ―、テオ」
「そうだね。信じてもらうのが大変だったね」
「普通の人間は魔術師ノ弟子など知らんからな。それもなんとかする。狂熊を単独で狩れるんだ、冒険者の銀証を出させとく。どの街に入るのも困らないよ。いや、馬車をだすか。カリーナに歩かせるのはつらいだろうしな」
「僕ら、木証なんだけど……」
「かまわん。冒険者ノ工舎がウンといえばいいことだ。それからもっとマシな服を買いなさい」
「でも、あんまりお金を持ってないんです」
「テオ。私にていねいな言葉づかいはいらない。手続きを終えれば同じ階級なんだ。そういうのもなぁ、教えといてほしいもんだ。金の心配はいらない。工舎の必要経費だ。食費もな」
モルンと顔を見合わせてしまった。
「経験を積ませるってつもりだったか? いや? くくくっ、知っててわざとだな。工舎の連中が大慌てになるのを、ほくそ笑んでるんだろうな。まったく先生たちときたら」
「……」
「よし、魔法を確かめときなさい。それと必要だと思うものも書き出しておけ。では私は出かけてくる」
カリーナたちの様子を確かめたあとで、冒険者ノ工舎の訓練場にいく。
今日は子どもたちの姿がない。
弓の的に向かって魔法を放つ。
火弾、氷弾、水弾、石弾……。モルンの大爆発。
つぎつぎ放たれる二人の魔法に、的にしている丸太がぜんぶボロボロになっちゃった。
うん、元通りだね。威力があがった気もするけど。
「あ、あいつらって、本当に魔術師だったんだ」
「ああ、すげー威力だな」
「パーティーに入ってくれたらなぁ」
「ムリムリ。本物だからな。魔術師ノ工舎の人間だそうだ」
「あんなに撃ち続けても、魔力切れにならないのが本物かぁ」
「本物ってああなんだな。前に一緒になった魔術師は詠唱はなげーし、威力ねーし、すぐへたるし」
見学していた冒険者たちの感想が聞こえてきた。
「いいようだね、モルン」
「うん。剣もやっとこうか?」
広い場所に移り、剣と手甲鉤で体を動かす。
ついてきた冒険者たちが驚いてるな。前の僕らとは動きが違うからね。
「うん、この体にも慣れてきた。魔力が回復したら動きが良くなったよ」
「魔力が重要なのかな」
「モルンもそう思う?」
「うん。あ、テオ、前足ってだせる?」
「んー自由にだせるかな」
「あの前足なら戦いにいいよね」
「やってみよう」
ふたたび大きな感嘆の声があがる。
「なんだありゃ!」
「でかい猫の前足!」
「あんな爪で襲われたら。ブルル」
「あれが狂熊をやったってのだな。確かにあれはすごいわ」
冒険者たちが、前足での攻防にあっけにとられてる。
「テオ、もっと速度をあげられるはず。パパパパパンッだよ。訓練しないとね」
「そうだね。モルンの動きに比べればまだまだだね。うー、ブーツがキツイ。つま先が痛くなっちゃった」
「体が大きくなったからね。ほんとヒトって面倒だね」
「宿に戻ったらさがしにいってみよう。これじゃ歩くのが大変になるよ」
「……後足もだせない? 猫の後足なら楽だよ」
訓練を終えて、受付でダメにした丸太代を支払う。
宿に帰ると通りをはさんだ反対側に、ルアナと子どもたちが所在なげに集まっている。
「あ、モルンだ!」
「ルアナ、みんな!」
モルンが肩の上で前足と尻尾をブンブンふる。
「やあ、ルアナ。ベッラたちのお見舞いかな」
「そうなんだけど」
「入らないの?」
「あたしたちじゃ、こんな高級宿……。入ったら怒られない?」
「大丈夫だよ。ちょっとベッラとカリーナにも聞いてくるよ。ふたりはもう起きられるかも」
みんなでワイワイ騒いでは休養にならないからね。子どもたちが半分にわかれて、お見舞いをしてくれた。
翌日、ベッラとカリーナも食堂で朝食を取れた。
食事をおえるとふたりは姿勢を正してクレリアに告げた。
「あたしたち、王都リエーティにいきます」
カリーナが黙ってうなづく。クレリアはジッとカリーナを見つめて口を開かなかった。
「……わたし……いきます……魔術師になります」
この言葉にクレリアはニッコリと笑った。
モルンと顔を見合わせて、ふぅーとため息をついた。
「ルアナが教えてくれたの。もう昨日から冒険者ノ工舎の人が食事の用意をしてくれたって。工舎がウチを借りてくれて、新人育成宿舎の第一号にするんだって。ビスコたちがその始まりだって」
「よかったね。これで旅の間も安心だね」
「うん」
クレリアはニコニコしている。うーん、きっとクレリアがやってくれたんだな。
「じゃあ旅の準備をしましょう。ふたりは今日はまだ安静にね。テオ、モルン。立ちなさい」
「はい」
僕らはクレリアの前にたった。もちろん、モルンは僕の肩に飛び乗る。
「銀ノ魔術師クレリアが、魔術師ノ弟子テオと魔術師ノ弟子モルンに命じる。カリーナを王都リエーティの魔術師ノ工舎に送り届けよ」
「はい」
「はい」
「よし。昨日いってたな。路銀が心配で狩りを試しているときに狂熊に遭遇したと。任務なら路銀は魔術師ノ工舎からでる。おーい、四人分で持ってきてくれ」
クレリアが給仕に声を掛けると、彼は重そうな革袋を持ってきた。
「これが当座の路銀だ」
「え? この宿の人が?」
「ここの主は魔術師ノ工舎の人間だ」
「工舎がやってるの、この宿」
「ああそうだよモルン。支部のない街でも重要な場所には、魔術師ノ工舎がなんらかの出先機関を作っているんだ。ここもそのひとつ。じゃなきゃ『密偵』の話を食堂ではしないよ」
給仕はにっこり笑って、戻っていった。
「それとな、ベッラ。君の顔は治療が済んでいる。赤いアトはしばらくすれば消える。傷が一生残ることはないだろう。私も女、顔に傷はイヤだからな」
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