銀ノ魔術師
カリーナの魔力にみんながなぎ倒される。
騒然となる部屋で、いち早く動いたのはクレリア。
「この部屋から誰も出すな! ゲスギツネを取り押さえろ! あ、バカ、そっちじゃない! テオじゃなくザールの方だ!」
クレリアがベッラの血止めをしてくれる。
痛みにのたうち回るザールを、数人で抑え込み血を止める。
僕はボーと見ていた。モルンは横でちょっとふらついている。
気を失ったカリーナとベッラをクレリアの宿に運ぶよう、女性の冒険者にお願いしている。
警備隊員たちに、ポニート副長と街丿長の拘束と留置を命じた。『無敵の強者たち』の冒険者全員も拘束させた。
冒険者ノ工舎長には狂熊の死体を氷蔵の保管庫にいれるよう命じた。
テキパキと命令をくだすクレリアは、なんとなくキアーラに似ているなぁ。
僕らは腕を布で隠して、クレリアが指示した宿に移った。
魔術師が定宿にする高級宿だ。泊まるお金がないとクレリアにことわったが、魔術師ノ工舎持ちだから大丈夫だと笑っている。
二階の突きあたり、広い二人部屋を用意してくれた。
ベッドに横になると、とたんに睡魔におそわれて眠ってしまった。
目がさめて、ぐぅーと伸びをする。
「あ!」
手が戻っている! 人の手だ!
枕元で丸くなっているモルンの前足も、元の大きさになっている。
「モルン! モルン! 起きて!」
「んーん。くゎぁぁぁー。どしたのテオ?」
「見て! モルンの手が戻ってるよ! 僕のも!」
「あ、ほんとうだ。ふぅー」
モルンは僕の腕をクンクンし、テチテチ舐めてくれる。自分の前足も舐めて顔を洗った。
「いま朝かなぁ。一晩寝てたのかな」
窓の鎧戸を空けて陽の光をいれ、宿の広い裏庭をながめてまた伸びをした。
「ベッラは大丈夫かな」
「心配だね。隣の部屋だったよね。見にいこう」
ピョンとモルンが床に飛び降りて部屋の扉を開ける。
隣の部屋をトントントンとノックして、ベッラの返事にそーっとあけて覗きこんだ。
「おはよう、テオ、モルン」
「おはようベッラ」
「おはよー」
小声の返事に僕らも小声になる。ベッラの顔には包帯が巻かれ、たくさんの枕に背をもたれている。
唇に指を立てて、隣のベッドを指さした。
「カリーナが寝てるの」
うなずいて隣の様子を見ると、カリーナが静かな寝息をたてていた。
「ベッラ、大丈夫?」
「あら、テオ。今朝は優しいのね」
「え? あ、い、いや。そ、そんなこと」
「テオ。あわてちゃいけないよ。こういう時は『君にだけさ。特別だよ』って言うんだよ」
ベッラとモルンがくつくつと笑っている。
「まだちょっと痛いけど、あたしは大丈夫。カリーナもよく寝れば大丈夫っていってた」
「そうかよかった」
あの時、カリーナから魔力が放出された。魔力切れかな。まだ顔色がすぐれないようだけど。
ぐぅー!
僕のお腹がなって、ふたりが笑いだした。
「ボクはお腹空いて目がさめて、夜食をたべたよ。あれ? その時には普通の前足だったのかな? 気づかなかったよ」
「夜の間に元に戻ったんだね」
「あたしはスープをもらったよ。ふたりとも下で朝ご飯食べてくればいいよ。それに、乙女の寝顔をいつまでも見てるもんじゃないわ」
ベッラに急かされ階下におりて右の食堂に入る。すぐに声がかかった。
「テオ! モルン! こっちだ! お腹すいたんじゃないかい?」
クレリアがテーブルから手を振って呼んでくれた。
スープとパン、燻製肉と卵の朝食を注文してくれる。
「テオ、モルン。君たちのことはキアーラの手紙と、パエーゼからも聞いてる。ずいぶんと聞いたのと違ってたけどな。はぁー、まったく。段取りをめちゃめちゃにしてくれたなぁ」
「ボクらが?」
「ご迷惑をかけました?」
「意図したことじゃないんだろうが。大変なことになった。あ、心配するな。私の手間が増えただけ、いや、かえって良かったのか」
「僕らの、あの手、前足のことでしょうか?」
クレリアが首を横にふる。
「いやいや、それは別の話だな。まだ入舎前だしなぁ。……魔術師ノ弟子ならいいか?」
この人は自分の独り言も会話にするのだろうか?
そう考えている僕をじっと見つめてくるクレリア。観察されている?
「……おとぼけはここまでだな。私は銀ノ魔術師だ。それはいいな?」
「はい」
モルンが小首をひねる。
「工舎の魔術師には、それぞれに仕事が与えられる。私のここでの仕事は、不穏な動きを探ることだ」
「……」
「何のことかわからないだろうが、まあ聞け。街ノ長と警備隊副長、ザールを手下に使っている裏の組織を探っていた。だが、あのままでは、魔術師ノ弟子たちが処刑される恐れがあった。身分を明かすしかなかった」
「……密偵」
「よく知ってるな、テオ。私は表に出ずに、もう少しひっそり動く段取りだったんだ。調べはあらかた済んでいたし、逃さずに捕らえられたから良しとするがね」
「それも魔術師の仕事なの?」
「そうだ。みんなが安全に暮らすために必要なのは、結界だけじゃない。それに死体にはなかったが、あれは瘴気の魔物だったんだろう?」
「ええ、そうです。アントン村にきたやつとそっくりでした」
「うん、あの嫌な気配はおんなじだった」
ブルルとモルンが身を震わせ、尻尾が少し太くなる。
「狂熊が出たんじゃしかたない。そういうのを上手く使うのも密偵の仕事だしな。大切なことはこれからどうするか、だ。不味い事があっても、いつも前に向かって進むことが大切なんだ」
クレリアは僕らを交互に見てうなずく。
「それじゃあ、狂熊について話を聞こうか。君らの前足のこともな」
僕たちは昨日の出来事を話しはじめた。
クレリアが時おり質問した。
クローパニの街に来た時のことも含めて、すべてをありのままに話すことになった。
「精霊猫か……」
ザールたちを捕まえる所まで話し終わったあと、クレリアは腕を組んで黙考した。しばしの時が過ぎ、発した言葉がこれだった。
「ガエタノの考えはやはり間違っていなかったのだな。まったく面倒な先生たちだぜ」
クレリアはお茶のおかわりを給仕に頼むと、改めて僕らをみた。
「ガエタノは精霊の研究をするからと魔術師ノ長の席を断り、キアーラがそれを追いかけていった。お陰で金ノ魔術師たちは頭をかかえちまった。だが、精霊猫が実在するなら正しいことだったのだろう。猫師とは初耳だが」
「タヌゥーのことを、信じてもらえるんですか?」
「テオの血まみれの服。あの破れ具合では生きていられるはずがない。それでもこうしてここにいる。精霊猫、猫師という言葉。信じるしかあるまい。だが問題なのは、あの娘、カリーナのことだ」
「え?」
「カリーナが問題?」
モルンと顔を見合わせた。
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