猫の爪
「人殺しで訴えると言われたからな。巡回魔術師が来るまではこの部屋にいてもらう。寝床はあとで運んでくるからな」
「……わかりました。ですが、僕もモルンも体調があまり良くありません。配慮してもらえると助かります」
「わかった。人殺しと決まったわけじゃない。ぞんざいにはあつかわん」
僕はウトウトとしてハッと目を覚ますを繰りかえした。
いろいろありすぎた。
「おい、起きろ。おい」
「え?」
目覚めたけれど、すっきりとしない。体が重い。
「これから取り調べをする。ついてこい」
連れてこられたのは広い部屋。真ん中に通路をあけて警備員たちと冒険者たちが長椅子に座っている。ベッラたちも子どもたちもみんないる。
部屋の前の方には広い机が置かれ、こちらをむいて年配の者たちが座っている。机には僕らの荷物が置かれていた。
「ここに座れ」
人混みの年配の男たちの対面に座らせられた。
モルンが膝に乗ってくる。頭がフワフワしている。
真ん中の男が、小馬鹿にしたように唇をゆがめて立ち上がった。
「警備隊副長のポニートである。これから狂熊について取り調べる。狂熊討伐について告発があった」
ポニートと名乗った男は、冒険者たちをねめ回した。
「不審者による殺人と強奪だ。見ろ、その小僧と猫を! この魔物を取り調べるが、状況を整理するためにおまえたちも呼んだ。では銀証冒険者ザール、起こったことを話せ」
「はい、ポニート様。その小僧は魔物になりかけてます。猫は人の言葉を話す魔物。俺たち『無敵の強者たち』は狂熊を討伐中でした。荷物持ちのチーロを先に逃がしたのに、その小僧がけって狂熊に殺させました。狂熊の仲間なんでしょう。やっと狂熊だけは討伐し、街に応援を呼びにいきました」
「な、なにを」
「黙れ小僧! お前に発言を許しとらん! ザール、それでチーロの荷物を奪われたんだな?」
「はい。殺されたチーロの家族にも金を出してやりたい。そいつらの荷物で埋め合わせをしたいです」
「うむ、殊勝な心がけだな」
冒険者たちがザワザワと話しはじめる。
「胡散臭いキツネめ!」
「テオはそんな事しない!」
「絶対うそだろうが」
「チーロの家族って、孤児だぞ」
「静かにしろ! 見ろ! そいつの腕。魔物に詳しいのは冒険者ノ工舎だ。工舎ノ長、人の様に見える魔物はいるのか?」
「い、いや聞いたことが……魔人や悪魔は……人の姿をしているがあれは伝説だ」
「だがそれは人の手ではないぞ。魔物になりかかってるんじゃないか?」
「ザールの言うとおりだ。こいつは魔物。殺人と強奪で有罪だ」
「副長、お待ち下さい。この少年と猫は魔術師証を持っています」
「ああ、鋼のだろう? 鋼の証など聞いたこともない」
「ですが、念の為に魔術師ノ工舎に問い合わせるべきです。巡回魔術師を待つべきです」
「こいつが暴れたらどうするんだ! 街の安全が守れなくなる! そうですよね街ノ長」
「あ、そう、そうなんだが」
「ですが、副長。もし本物だったら? 魔術師ノ工舎と問題を起こすのはまずいです。ここは隊長の判断を仰ぐべきです」
「……ラッザロ……私に逆らうのかね。魔術師ノ工舎が何ほどのものだと言うんだ。たかが赤珠であんな恩着せがましくするやつらなど。冒険者ノ工舎からでも手にはいるのにだ。それにあんな老いぼれ隊長では、それこそ間違った判断で街を危険にさらす。そうですよね街ノ長?」
「え? あ、いや、それは」
「この小僧が魔術師のわけがないでしょう。鋼の証などニセ物に決まっています。ご裁決を、ポニート副長。そしてあなたが隊長になるべきです」
「そうだな、ザール。まったくどいつもこいつも役にたたん。この魔物たちはニセ魔術師だ! 身分を偽るのは重大な罪だ!」
「そこまでだ!」
副長が声を荒げたところで、冒険者の中から止める声があがった。
「なに! 誰だ! 俺の決定に逆らうのか!」
「銀証冒険者クレリアだ。茶番はいい加減にしてもらいたいものだ」
女性の声にそちらを向くと、フードを被った者が立ち上がって僕らに近づいてきた。胸には銀の冒険者証が揺れている。子どもたちを守ってくれた人だ。
「茶番だと! たかが冒険者が警備隊副長に歯向かうのか!」
「ふっ。欲にまみれた男は醜いな。茶番と言ったのはな、肝心なものが無いからだ」
「肝心な……」
「そこのゲスなキツネ男が倒したのなら、狂熊はどこだ? それを見れば誰がどうやって倒したのかがわかる。どこだ?」
「狂熊は……」
「その少年が持っていると」
「ラッザロ、テオがそう言ったな、私もあの場にいた。私も聞いている」
そういいながら、フードを脱いだ。端正な顔だが、表情は厳しい。その声には人をしたがわせる迫力があった。
「持っているのはテオか? モルンか? 狂熊をここにだしなさい」
「はい」
モルンが狂熊を出すと、部屋にいる全員があわてて立ちあがりあとずさる。獣と血の強烈な匂いが部屋に流れ、子どもたちは鼻をおさえた。
頭がズタズタになっている狂熊を指して、クレリアがザールに問いかけた。
「こいつをどうやって倒した? どうやって頭をズタズタにして吹き飛ばした?」
「あ、いや、剣でめった切りにした」
「ほぉ。ずいぶんと変わった剣を使っているのだな? ギザギザに引き裂かれた傷跡を残すなど。テオ、その手は猫のように爪を出し入れできるのか?」
「え? はい、できます」
僕はクレリアに爪を出してみせる。
「それだな。その爪で引き裂いたのか。すごいな」
「ま、まて。たかが冒険者に何がわかる! ぎ、銀証ならザールも銀証だ!」
「ははは。私の銀証とゲスギツネの銀証と、一緒にしてほしくないな。金で買った銀証などとはな。そうだろう? 金を出したやつも知っているぞ」
「え?」
「それにな、私が持っている銀証は冒険者だけじゃあないんだ。こいつも銀なんだがな」
クレリアはそう言って、懐から別の銀証をだした。
「私は銀ノ魔術師クレリアだ。オルランド辺境伯に報告することが増えたようだな」
「オルランド辺境伯……そ、そんな」
「クローパニ警備隊副長ポニート、街ノ長。ゲスギツネのザールにあちこちで殺しと盗みをさせているようだな。いろいろと詳しい話を、ゆっくりとしようじゃないか」
目を見開きわなわなと震えだしたポニート。青くなる街ノ長。キョドキョドと逃げ場をさがすキツネ目のザールが、先に動いた。
冒険者の中に飛び込み、ベッラを突き飛ばしてカリーナの首を左腕で締めた。右手で剣を抜き、カリーナの顔の前にかまえる。
カリーナはザールの腕を外そうとしたが、子どもの力では敵わない。逆に力を入れられて、必死で息を吸おうともがく。
「近寄るなぁ。このガキを殺すぞ!」
「な!」
「クッソー! こんなはずじゃない! こんなところで終わりじゃない! チクショー!」
起き上がったベッラが叫んだ。
「カリーナ! カリーナをはなせぇー!」
そのままキツネ目に飛びかかる。
「クッ!」
つかみかかるベッラを蹴りあげて、ザールは剣をないだ。
ベッラの顔から赤い血がとぶ。
もがくカリーナが動きをとめた。
「イヤァーーー!」
カリーナが目を見開いて悲鳴をあげた。
ファッと彼女の髪がさかだつ。彼女を中心に魔力の大波が噴きだした。
魔力の波に弾き飛ばされたザールが、僕の方に飛んでくる。
その時、眼の前が真っ白になった。なにも考えられなくなった。
右前足の爪をいっぱいにだして、ザールの目を引き裂いていた。
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